気功治療・遠隔治療の専門院 外気功療法さいたま院、埼玉県

 

 
 
 
 
 

死についての誤った認識

 

死についての概念ほどこの世で曲解されているものはないでしょう。
これが現代の最も大きな問題と言っても過言ではありません。
死が私達の終着駅なのか、または違う世界で新たな人生が始まっていくかでこの世において何に価値をおいていくかが大きく変わります。
もし、仮に80年という人生を終えると全てが終わってしまうのであれば人生では享楽の限りを尽くすことになるでしょう。
「楽しけりゃいいじゃん。」というように、その人生は他者へのいたわりや友愛もなく、極めて利己主義かつ拝金主義なものになるはずです。
個々人のこの思いが積み重なると国家間の紛争に発展していくのです。
死がすべての終わりではなく、次なるステップであることを知れば大切なのはこの世でどのように魂を成長させていくかという点に価値観をおくことになるでしょう。
 
霊界通信ではあの世が主、この世が従であり、肉体を去った魂は幽界・霊界で次なるステップが始まると共通して伝えられています。
それを知らないと死を直前にして死の恐怖に恐れおののく、そのような人生の終わり方を迎えるしかありません。
病が重篤な時に死の恐怖を感じると、心に強烈なネガティブなエネルギーを生み出し病を加速させます。
死なずに済んだ人が死の恐怖によって助からなかったということも現代では多くあるのです。
 


        
〔問〕私達には生命を延長する力がありますか?
〔答〕皆さんは肉体を生かしておこうとする。これは正しいことである。だが、霊が去るべき時が来れば、もはやこれはふせぎようもない。
 
         魂の方が他界への準備がすっかり整っていれば、もはや、人間にできる手立てはない。
(シルバーバーチ霊言集)
 医学が高度に発達してあらゆる手を尽くしたとしても死は避けられないということが分かります。
 
 
         人の恐れる死とは、実際は、新しいものの始まりなのです。その時、大いなる光が魂の上に広がりでます。肉体に閉じ込められていた魂が、豊かな生へと脱出することです。ゆめゆめ死は恐ろしいものだと思わぬように。(ホワイトイーグルの霊言)

         実 際自分が死んで見ると、それは思いの外に楽な仕事でございます。痛いも、痒いも、口惜しいも、悲しいも、それは魂がまだしっかりと身体の内部に根を張って いる時のこと、臨終が近づいて、魂が肉の宮を出たり、入ったり、うろうろするようになりましては、それ等の一切はいつとはなしに、何処かへ消える、という よりか、むしろ遠のいてしまいます。
(小桜姫物語)
 数々の霊界通信が教えてくれるようにあちらの世界が存在することが分かれば、そしてそれがそれ
程苦しみを伴うものではないと知れば死の恐怖感はなくなっていくものです。
 私は昔から死ぬ瞬間はとてつもなく気持ちがいいのではないかという直観があります。
 誰もが何度も死んだ経験がありますから本当は知っているはずなのですが、その記憶は消去されて
いるだけなのです。
 私のお客様にも数人臨死体験をして、つまり一度仮死状態になってあの世を見てきて戻ってきた人
がいますが、「死ぬのはこんなにも簡単なんだ。」という様に口を揃えて皆さん言います。
 
 
         人は単に物質的な肉体と心ではない。人間とは死なぬものです。人は死んでも、自分の死に気付きません。それは、肉体から脱け出ても、やはり同じ形を保っているからです。
(ホワイトイーグルの霊言)
 肉体を脱け出ても意識は変わっていないため、この世と同じような世界が待っています。自分が
死んだことに気付かないと幽霊になってこの世と近いレベルの波動の世界にいつまでもいること
になってしまいます。

  また、自殺は死んだ後も死ぬ前の苦しみが永続しますので、全く苦しみから逃れることにはなりません。這ってでも生き抜いて天寿をまっとうすることが何より大切です。


 

参考文献  

 
シルバーバーチ霊言集 
~二十一世紀のためのバイブル~  
  A・W・オースティン、桑原啓善訳(潮文社)
ホワイトイーグルの霊言  
グレース・クック、桑原啓善訳(潮文社)
小桜姫物語 浅野和三郎(潮文社)

 

 

 

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