気功治療・遠隔治療の専門院 外気功療法さいたま院、埼玉県

 

 
 
 
 
 

気功治療日誌 ~ オフタイム ~

日々の気功治療の際に感じたことや治療に関係なく思ったことなどを徒然に綴っていきます。
中には「こんなこともあるのか」とビックリされることもあるでしょう。
また、他にはない視点の情報を知っていて良かったと思えることもあるでしょう。
少しでも皆様の共感を覚えるところがあれば幸いです。

 気功治療家に転身するまでのストーリー
 
運動会 かけっこ狂騒曲
 
この秋、爽やかにたくさん泣きたい人に・・・映画「パコと魔法の絵本」
 
忍耐と希望と・・・「ショーシャンクの空に」
 
マル秘 温泉談義
 
映画「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を観て・・・

 
桜の花の散るのは・・・
 
2011年の抱負
 
東北地方太平洋沖地震について
 
真贋
 
日本の子供たちが泣いている
 
プロフェッショナル
  2013年の抱負
  果たして誰が偉いのか?
 終戦記念日
  2013年最後の記事は〇〇の最終回

この秋、爽やかにたくさん泣きたい人に・・・映画「パコと魔法の絵本」

とある映画通から勧められて「パコと魔法の絵本」をみてきました。「一も二もなく、速攻でみに行くように・・・絶対のオススメ」とのことで本当は「おくりびと」をみようと思っていたのですが「パコ」にすることにしました。

でも勧められるまでは予告編の印象から「こんなの(ファンタジー)にお金を払ってみる人もいるもんだ。」「子供向けか。」と思っていたのです。
 
一日中室内にいる仕事ですから、たまの息抜きで映画を見に行くのが好きで、今回も浦和の映画館へ。
平日の夜ということもあって劇場はスキスキ、たまに入ってくるのは女性の2人連れが多く、カップルもまあまあで、中年の男が一人で視ていたのはどうやら自分だけだったようです。
人の目は気にしないたちだけど客層から「この映画ハズレか・・・」という思いが沸々と湧き出てきました。
 
ところが!
余り詳細を書いてしまうとネタばれになってしまうので書きませんけれど、パコが出て来たあたりから涙がボロボロと出て来て「あれあれ・・・」という感じ、こんなのでなぜ泣いているのだろうと自身思うのですが、気持ちの良い感動の涙が沢山出てきたのです。
内容はファンタジー、冒険、コメディという特色を併せ持つ、珍しい、これまでにない映画です。
役所広司が孤独な老人を演じているのですが、その演技がビシビシと心を揺さぶります!
主演のアヤカ・ウィルソンがまたかわいらしくみているとホント癒やされます!
 
なんかしらないけれど温かい涙がたくさん溢れてきて心がとてもスッキリとしました。
日頃の疲れもふっとんで気持ちの良い後味でした。
いい映画をみさせてもらいました、ありがとう。
明日の施術は良い気が出ることでしょう。
 
ところで、当院の女性のお客様の約半分は初診の時に施術中涙を流します。
 
私が心をブロックしている感情が流れ出るよう意識を誘導して施術しているからというのもあるのですが、病気の元は自身のネガティブな感情が気の流れをブロックしてしまうからで、感情が吐き出されると涙という形になって現れてきます。
もちろん、症状も軽快に!
涙を流すことは身体にも良いのです。
 
「パコと魔法の絵本」、みに行ける人は是非どうぞ。
きっと心に溜まっていたものが涙となって浄化されるはずです。

【2008年10月3日】

 

運動会 かけっこ狂騒曲

空が澄んで高くなり赤トンボが空を舞い始めると、秋の運動会の季節です。

私には幼稚園の年長の男の子がいます。
一昨日の日曜日は幼稚園の秋の運動会でした。
私にとってはそれが憂鬱の種で、なぜなら幼稚園は年長になるとお父さんのクラス対抗リレーがあるからです。
 
長男の時のリレーは日々身体を鍛えていましたからまったく平気でしたが、今は仕事一色で身体を動かすことがなく全く運動に向いていない身体になっています。
50m位だから「事前に慣らしておかなくてもまあ問題ないだろう。」とタカをくくっていました。
なぜなら私は昔から俊足で、高校生の頃は運動会で大活躍した思い出があります。
しかし、いかんせん社会人になってからは一時身体を鍛えていた時期があるものの最近は身体を使うということはありません。
 
午後になり、「お父さん対抗リレー」の時間になりました。
この種目は人気が高くてギャラリーも多いし、とても盛り上がるのです。
競技が始まり、自分の前に並んでいたお父さん達が次々に走っていきます。
そして、いよいよ私の順番がまわってきました。
気合も最高潮!
バトンを受けて、「Soryaaaaaaaa!!!!」と弾丸のように飛び出しました。
最初5m位の走り出しは良かったものの、「ん・・・!?」
 
「これが俺の身体なのかぁぁぁ!!!」
 
という位身体が動きません。
まるで人の身体を借りて走っているよう。
ちぐはぐな走り方をしているのが自分でも分かりますし、後半になると気持ちに足が付いて行かなくなり、ヨレヨレになって転倒しそうになりました。
意識が遠くなる中でギャラリーが「あー!」と言っているのが聞こえます。
私がフラフラで転倒しそうになっているのを見て声が上がっているのを朦朧とした頭で理解できました。
それでもかろうじて転ぶことはなく、倒れこむように次の走者にバトンを渡し、10秒程の私の出番は終了となりました。
 
結果的には私の所属のクラス(つばめ組さん)は優勝できたのでそれはそれで良かったのですけれど、これ程までに自分の身体が衰えているのを自覚し、大ショックで一人塞ぎこんでしまいました。
 
昔から足は速かったので、かけっこは自分の活躍する場だという認識がありそれ自体に疑問を抱くことはありませんでしたが、昨日は一転して走れない立場になって「こんな競技意味があるのだろうか。」と思ってしまいました。
強かった時は何とも思わず有頂天でしたが、弱くなると急に反抗的になります。
 
お友達の子供でKちゃん(4才・男の子)がいます。
Kちゃんは運動会が大嫌いでいつも「ママー」と泣いている弱虫さんです。
今年の運動会もリレーで走れず、先生に手を引いてもらって泣きながら走っていました。
Kちゃんとママが歩いてきたので、Kちゃんに「かけっこができても人生で何の意味もないんだよ。」と教えてあげました。
Kちゃんは4才だから私の言う意味が分からなかったでしょう。
Kちゃんのママは横で笑っていました。
 
T君のママに「スポーツ選手でなければ社会に出て全力で走る機会なんて全くないのに幼児の頃からかけっこを何度もやらされるなんておかしな教育だよね。かけっこをやる位なら社会に出て何か役立つことで競技をしたらいいのにさ。」と息巻いていたら、
 
「お祭りなんだよ。」
 
と言われてしまいました。
それを言われると理屈もなにも超越してしまいます。
「確かに見る分には楽しいし、かけっこで勝つのは最高に気持ちがいいよなぁ・・・」
ぐうの音も出なくなってしまいました・・・
 
 
さて、話は変わって運動会の時に白のモンシロチョウが3匹ヒラヒラと私の周りに飛んできました。
「珍しいな・・・」と思い、
 
「誰か亡くなったのだろうか・・・」
 
と、ふと頭をよぎりましたが、運動会の折、その思いは園児達の競技を見てドッと沸いている会場の声にかき消され、それっきりそれについて考えることはありませんでした。
 
疲れ果てて帰宅して携帯をチェックすると、留守電に「Hさんが亡くなった」と弟さんからメッセージが残っていました。
 
Hさんは筋力が徐々に衰えて身体の自由が奪われていく難病でそれと精一杯闘っていましたが、肉体から離れようやく楽になったようです。
ご冥福を心よりお祈りすると共に、「お疲れ様でした。」と心でHさんに呼びかけました。
 
今度生まれ変わるときは身体の自由が利いて伸び伸びとした人生になりますように。
運動会でも大活躍できる人生になりますように。
 
【2008年10月7日】

気功治療家に転身するまでのストーリー


 ヒーラーや気功治療家は自分でその職業を選択して目指す人もいますが、見えない糸に導かれるようにして気付いたらそうなっていたという人もいます。

私は後者の立場で、自分でもよく分からない内に気功治療家になることを目標設定していました。
目標設定してからは一歩一歩実現に向けて歩んできましたが・・・
 
私は現在の職業に就く前は会社員でした。
(気功治療家やヒーラーはこのパターンが多いです。広く社会を学べという背後のお導きなのでしょう。)
営業ツールも何もない段階の立ち上げ早々のベンチャー企業に参画し、この会社を大きくして世の中の誰もが知っている有名な会社に成長させようと夢を見、泥水をすするようなサラリーマン生活を過ごしていました。
年間に数え切れない程の会社が倒産・廃業していく中で、その会社は運命の神様のおかげもあり、紆余曲折を経て何とか(奇跡的に)成長、今や売上140億円・社員数約400人の企業にまで成長しています。
 
そんなサラリーマン生活を送っているある日、一冊の本に出会い、それを読み終えると帰宅して家内に「俺、仕事を辞めて気功師になるよ。」と話したのです。
家内は当惑しながらも、その場で「わかった。」と言ってくれました。
今思えば本当に肝の据わった女性です。
それまで、気功はしたこともなく、ましてや気功の話など家内としたこともなかったのですから。
 
その頃の私は会社内でいくつかの旅館の経営をしており、物件の取得から運営までを手がけていました。
全国に出張が多く、旅館の話や不動産の話を家内とすることがあっても気功の話などしたこともありませんでした。
不動産の資格を何ももっていないことを上司に馬鹿にされ、くやしさの余り帰宅後12時から深夜2時過ぎまで連日勉強をして宅建の資格をとったところで、まわりは皆これから益々旅館の仕事を展開させていくと思っていた矢先です。
それなのに転職とは、無謀と言えば無謀です。
 
でも、なぜ急に気功師になろうと思ったのか、今でもよく分かりません。
気功師になると最初に話したのは家内ですが、「俺、気功師になるよ。」といいながら内心「俺、いったい何言っちゃってるんだ!」という気持ちでした。
 
それから色々な気功師さんを巡り、どうしたら気功治療家になれるかリサーチを始めました。
でも健康法として気功教室をしている人はいても、気功の力で病を癒やす気功治療家はとても少なかったように感じました。
数ヶ月が経ちその間何人かの気功師さんに面談のお時間をいただき、この人の元だったらと思える先生とようやく巡り会うことができました。
「何としてもこの先生に気功治療を習いたい!!」
この思いにスイッチが入ると、周りが見えなくなり猪突猛進し始めます。
 
ところがその先生の入門料は私にとって目の玉が飛び出る程の高額なもので、平均的なサラリーマンが簡単に用意できる金額ではありませんでした。
ましてや私には蓄えがまったくと言っていい程ありません。
それでも気功治療家への思いは強く、あらゆるところから借金してでも成し遂げるのだと決意をして会社の辞表を書いたのです。
まずは会社を辞めてから・・・それから金策をして・・・とプランになっていない「成せば成る」プランを立てていました。(家族がいる一家の主の行動とは思えない・・・)
 
辞表を胸に社長室に飛び込み「社長、実は今日はお話があります。」と唐突に切り出しました。
創業から苦楽を共にしている社長ですからよもや私が退職を決意していることなど思いもよらなかったに違いありません。
ところが、社長は「悪い、水野、今忙しいから。後で声掛けるから。」と言われてしまいその場では辞表を出すことができませんでした。
「いつ声かかるかな。」と自席でしばらく待ちましたが、待てど暮らせど全然声が掛かりません。
社長は私のことなど忘れて外出してしまっていました。
その日は辞表を出すことを諦め、別の日に再トライ。
しかし、その次もその次もなぜか辞表が出せません。
しまいには社長はそのまま夏休み、海外に出かけ次の出社は約半月後。
「そ、そんな・・・」
どうしても辞表が出せず、「これはひょっとして、まだ辞めない方がよいのだろうか。」と見えない力のお導きを感じ、私は辞表を胸に仕舞い込んでしまったのです。
 
私は「自分に起こるあらゆることは必然である」と思っていますので、これを機会に「もうしばらく今の仕事を続け、借金をしないで気功治療家になろう。」と決意を改めたのです。
今、思えばこれが良かったのだと思います。
全額借金をしての起業など無謀以外の何者でもありません。
もし、あの時辞表を出せていたらと思うと今でもゾッとしてしまいます。
 
その後数年間、仕事に懸命に打ち込んだお陰もあって入門料と起業資金ができ、満を持して退職を果たし気功治療家への道を歩み始めました。
辞表を胸にしまってから退職までの期間に色々な気功法や呼吸法を身につけることができて有益な時間になりました。
帰宅すると夜12時近くになるのに、朝4時半起きで早朝6時から道場で鍛錬していたのは今でも懐かしい思い出です。(冬は寒かったし、朝の光は格別に美しかった・・・)
 
後から振り返ってみると、これも私にとっては必要なプロセスだったようです。
   【2008年11月11日】

忍耐と希望と・・・「ショーシャンクの空に」

このサイトをみてくれている人は人生順風満帆という人よりはむしろ病気や様々な困難に直面している人が多いことでしょう。

苦しみのトンネルという渦中にいると先が見えず、それがいつまで続くか分からず、不安に押しつぶされそうになったり、ネガティブな感情に飲まれてしまったり、自暴自棄になってしまったり・・・と苦しみの中でもがいているのではないでしょうか。
 
かくいう私も昔そんな苦しみのトンネルにいた一人です。
私の場合は9年間それが続きました。
苦しみに押しつぶされそうになりながら、吐き気をもよおしそうな重圧の中、耐えて耐えて耐え抜きました。
いつまでこの状況が続くのだろう、一日も早くこの状況から抜け出したいと毎日願っていました。
 
そんな辛かった時期を支えてくれた一本の映画があります。
私は自分自身とこの映画の主人公とだぶらせていました。
 
「ショーシャンクの空に」という映画です。
 
そのおよそのストーリーはこのようなものです。
 


妻とその愛人を射殺したかどでショーシャンク刑務所送りとなった銀行家アンディ。初めは戸惑っていたが、やがて彼は自ら持つ不思議な魅力ですさんだ受刑者達の心を掴んでゆく。そして
20年の歳月が流れた時、彼は冤罪を晴らす重要な証拠をつかむのだが……。(allcinema ONLINE

 
刑務所の中の主人公アンディはその時の私自身でした。
物語の最後アンディはついに○○○○となります。
いつかはアンディのようになるのだと自分自身に言い聞かせて頑張ってきました。
ネタバレになってしまうからこれ以上は書きません。
 
良かったら一度みてください。
 
最後はきっと爽やかな気持ちになることでしょう。
そして、今日から頑張り抜いていこうという強い気持ちが湧いてくることでしょう。
 

【2009年7月6日

マル秘 温泉談義

毎日多くのお客様とお会いしていると、お客さまから「へ~、そんなこともあるのか」という不思議な話を聞くことがあります。

そこで、今回は温泉についてのお話です。
温泉療法というものがあるくらいですから別に療法として珍しくも何ともないものですが、「温泉だけでがんを治しました。」とか同様のお話を聞くと温泉も馬鹿にならないものだと思います。
 
当院に来ていた男性のお客様で肺がんを温泉だけで治したという方がいました。
検診で肺がんが見つかって、「病院の治療では自分がダメになる。温泉で治すしかない。」と効用のある温泉を探して湯治に行ったそうです。
家族はもちろん大反対。
しかし、そのお父さんは家族の忠告にも耳を貸さず信念を貫き、帰ってきて再検査を受けた時には見事肺がんが消えていたそうです。
もちろん、今も元気にしています。
 
がんに効く温泉として著名なのは秋田県の玉川温泉でしょう。
これはダントツに有名な温泉です。
 
ところが・・・当院のお客様でがんを患っている人の中に「これから玉川温泉に行くことにしました。」という人を何人か見ているのですが、一人として治って帰ってきた人はいません。
別に玉川温泉は効能がないということを言っているわけではありません。
治った人もいるにはいるのでしょうが、ルルドの泉と同じで奇跡が起こるという話が膨らんでいるようにも思えます。
 
玉川温泉はラジウム泉でエネルギーを持っている温泉ですから普通の温泉に比べて病気が治りやすいところはあるのかもしれません。
 
しかし、がんという病気一つとってもその病気の背景・原因は人それぞれですから温泉一つが 万能かというとそういうものでもなく、やはり効く効かないの差が出てくるのかもしれません。
 
昔から温泉療法は日本人にはなじみのあるもので泉質によって様々な病気が治ると言われます。
 
だいたい旅館や日帰り温泉など行くと更衣室に泉質と効能表が掲示してあります。
 
ナトリウム泉に効く病気は○○○で、硫黄泉は○○○・・・というようにずらずらと病名が列挙されていて余りにも多いので結局何にも効かないんじゃないかと昔は思っていたものでした。
 
温泉療法の専門家の指導の下、時間をかけて療法をしていけば病気が改善されるものもあるのでしょうが、仕事を持っていたりするとそう何日も温泉ばっかり浸かっていられないという気分にもなってしまいます。
 
大自然の中、日常忙殺されそうな雑事から開放されるだけでも相当心身には良い影響があると思うのですが・・・
 
そのような精神的な効用以外に、温泉が病気に効く理由として私は温泉が地のエネルギー(波動)を含んでいるところにあるとみています。
 
一般的には温泉の水そのものに含まれる多様な成分(ナトリウムとかマグネシウムとか硫黄とか)が身体に良い影響を与えていると考えられており、確かにそれもそうかもしれませんがそれ以上に地のエネルギーというのは身体に良いものです。
 
気功には大周天と言って自分の気を天地と循環させる功法があります。
これなども足裏から地のエネルギーを身体に吸い上げているわけですが、地と一言にいってもよい場、そうでない場とあり、良い気(エネルギー)を持っている土地はイヤシロチまたはパワースポットとして知られます。
 
良いエネルギー、強いエネルギーを身体に充填すれば疲労も吹っ飛び元気になります。
 
水は特にエネルギーを封入しやすく、当院でも気を封入したミネラルウォーターを気功水として廉価で販売しています。
同じように大地の奥底の純なるエネルギーが封入された源泉はそれを浴びるだけで邪気が一掃される位の力を持っているのかもしれません。
 
ほとんどの人は知りませんが、病気の多くは実は霊障(霊的エネルギー)からきています。
私は霊的エネルギーを邪気と呼んでいますが、気功療法は病気の原因となる邪気をとる根本療法なのです。
 
霊障の特長として水には弱いという点があります。
風呂に入ったり、シャワーを浴びたりしているときは霊の影響を受けにくいのです。
だから滝行なんかも心身浄化に良いのです。
風呂に入るとさっぱりするというのは身体を洗って汚れを落としたり、血行が良くなったりする物理的側面だけではなく感応していた霊的エネルギーを除去・軽減できるという霊的側面もあるのだと考えています。
 
同様に、温泉療法の本質はまさにここにあるのだと考えています。
何日にも渡って長時間エネルギーを含んだ温泉に浸かっていることで、これまで影響していた霊的エネルギーが一掃されるのかもしれません。
 
もっとも温泉と言っても、今はその多くが加水されていたり、循環器でろ過されて同じ温泉を何日も使っています。
そうなると温泉のエネルギーは失われ、効能も微々たる物になっているに違いありません。
ですから、選ぶポイントとしては源泉かけ流しという点を外してはいけません。(なかなかないけれど・・・)
 
最後に私がお奨めする温泉をひとつご紹介しましょう。
 
天山湯治郷」という立ち寄り湯です。
箱根湯本にあります。
 
病気の効能がどうこうというのは抜きにして泉質・雰囲気・設備で選んでいます。
 
埼玉の近くにもいい所があるにはありますが、休日に読者の方やお客様と素っ裸でご対面するのも私の気が休まりませんからちょっと離れたところのものをご紹介するにとどめておきます。
 
【2009年7月26日】

 

映画「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を観て・・・

ここのところの私は気持ちが浮かない日が続いていました。
 
何か元気になるものはないかと、そういう時は映画を観に行きます。
 
月曜日は仕事を終わり、近くの映画館のレイトショーを観に行こうと足を運びました。
時間的に見れるものは「ヴィヨンの妻」と「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」しかなく、ここでヴィヨンを観ても余計湿っぽくなってしまうかと思いマイケル・ジャクソンを選びました。
 
マイケル・ジャクソンは高校生の時にはよく聴いていましたが、特にそれ程のファンというものでもなくそれ以来聴いてもいませんでした。
だいたい、このような音楽は私にとっては耳障りに思えるのです。
 
「ちょっとでも元気になればいいか・・・」という軽い気持ちで劇場に入りました。
普段の客層と幾らか違っているようで30代~50代の女性が多いように思えました。
一人で来ている女性も多く見受けられ、全体的にいつもよりどこか品の良い人が多いようでした。
 
映画に期待はまったくしていませんでしたが、のっけからマイケルの迫力に引き込まれあとはもう終わりまで釘付け、マイケルの音楽はCDで聴いても片手落ちで彼のテンポの良いダンスと合わせてみて一つのショーになるのだと思いました。
 
「バーン」とハートチャクラを射抜かれるような衝撃・・・周りのお客さんもライブを観ているかのような臨場感に放心状態といった感じです。
 
映像からはその人のエネルギーが出ていますが、この映画はマイケルやバックダンサーやコーラスなどチームの凄いエネルギーで熱気のようなものに包まれました。
 
マイケルの雰囲気はまるで神がかっていて、心が完全に奪われます。
クリエイティブ・パートナーのケニー・オルテガがステージを「ここは教会だ」と言いましたが、まさに教会で神聖なものをみているかのような気持ちになりました。
 
マイケルは純粋で、誠実で、フレンドリーで、しかも愛に満ち溢れた人物です。
マスコミはこれまで散々に彼を叩いてきましたが、実像を見れば「百聞は一見に如かず」です。
昔の彼のことは分かりませんが、中傷・ゴシップ、病気(彼の人生は病気との闘いであった)、離婚など様々な苦難を通じて、撮影時の彼は相当に精神的に高い境地にあったように思います。
私は彼の魂は天使のようだと思いました。(Michaelの語源は大天使ミカエルにあります。)
 
それだからこそ、このコンサートのリハーサル映像に映るマイケルはファンに愛を思い出させてくれます。
実際、この映画ではマイケルの言葉から頻繁に「愛」という言葉が発せられています。
この「THIS IS IT」というコンサートのテーマは「愛」だからです。
「愛」という言葉は誰もが口にすることはできますが、本当に「愛」というものが分かっているレベルの人でないと、それは容易に人の心に伝わらないものです。
マイケルが語る「Love」という言葉はとても自然で綺麗に聞こえてきます。
 
この映画を観て涙する人は多いと思いますが、私もその一人でした。
結局、余りに感動したため昨日もまた観に行ってしまいました。
私はこれまで多くの映画を観てきていますが、一週間で2回も同じ映画を観たのは初めてです。
 
普通の映画はエンドロールが流れ始めるとパラパラと観客が席を立ち始めますが、2回ともエンドロールが終わるまで誰も席を立つ人はいませんでした。
このような経験も初めてです。
それどころかどこからともなく、拍手が湧き起こりました。
 
この映画はなぜか上映期間が短いようです。(延長が決まったかもしれません)
 
もし観に行ける人は是非観に行ってほしいと思います。
この映画はDVDではわかりません、劇場で観なければなりません。
 
元気がもらえるのはもちろんのこと、ハートも癒されることでしょう。
 
私は最低もう一度観に行ってきます!

 

【2009年11月6日】

桜の花の散るのは・・・

先週の日曜日、関東では桜の花の間の所々に緑の若芽が顔を出し始め、いよいよ桜の最後の見頃をむかえていました。
 
買い物の帰り道、一緒に歩いていた妻は桜の花びらが紙吹雪の様に一面に散る様を見て「桜の花って、あっという間だね・・・」と言いました。
 
私はそれに「なに、人間だって同じじゃないか・・・」と答えました。

                                   
 
 
桜の花の寿命は一週間、人間の寿命はざっと80年、確かに時間的長さは異なりますが、人間も寿命の長い短いは別として、終わる頃には人生があっという間だったと振り返るのではないかと思います。
 
歴史に名を残した偉大な賢人も同じように思い、次のような句を残しています。
 
人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり(幸若舞の一節)
 
織田信長が好んで謡った句である。寡勢で今川義元の大群を破った桶狭間の戦いの出陣に際し、これを舞ったと言われている。2万とも4万とも言われる今川軍に精鋭2,000騎で奇襲攻撃を行い結果的に勝利を得たが、帰って来られるとは考えていなかったはずである。
「下天」とは人間界の上位にあるとされる六欲天という世界のことを指す。そこは四天王とその眷属が住む世界でありこの世界の一昼夜は人間界の50年に相当すると言われる。
「人間の寿命の50年とは下天と比べてみると一夜の夢のように儚く短い」という意。
 
四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒(上杉謙信の辞世の句)
 
上杉謙信は越後の戦国大名。武田信玄と戦った川中島の戦いが有名。49才で死去。軍神と言われ、戦闘では戦国一と言われる無類の強さを誇った。しかし、あの時代において領土拡大の私欲がなく、他から請われるままに戦場に出向いた。毘沙門天を篤く信仰し、自らを毘沙門天の化身と信じ、矢玉は絶対に自分に当たらないという固い信念の下、甲冑を付けずに戦場に出ることも、それでも無傷で帰還するのが常だった。
「私の人生49年の繁栄はまるで一杯の酒のようであり、また一夜の夢のように短いものだ」という意。
 
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢(豊臣秀吉の辞世の句)
 
水呑み百姓という低い身分から織田信長に取り上げられたのをきっかけに出世の階段を上り、やがて天下人となった。日本史で栄華を極めたというならこの人だろう。そんな欲望の限りを実現した彼であっても、自らの人生を「露のように生まれ落ち、露のように消えていった」と例えた。「栄華を極めた浪速(大坂城)のこともまるで夢のような儚く短いことであるよ」と詠んだ。
 
 
私もいくつまで生きるのかは分かりませんが、きっと死ぬ間際に同じように思うのではないかと思います。
私は人生というのは夢をみているようなものだと昔から考えています。
また、時間というのは一種の幻想だろうとも考えています。
 
いつまでも今の幸せが続くわけでもなし、また辛いことがあってもそれも永遠に続くわけでもなし。
 
できることと言えば、目の前の自分がやるべき課題(仕事)を淡々とこなしていくことだけでしょう。
 
私の生活は桜が満開の花見日和の日も、暑い夏の花火の夜カップルが浴衣姿で楽しげに歩いている日も、初秋の涼しげな風が吹きどこかへ行きたくなるような気持ちの良い日も、また夜のムードが一段と華やかになるクリスマスの日も・・・いつも変わらず狭い施術室でお客様に向かい合っています。
 
いつもいつも何も変わらない、外から見たら実に退屈な代わり映えのない生活です。
 
これを繰り返し歳月が過ぎていく、それが私の人生であり、私にとって満足のゆく人生なのです。
 
それでも何故だか過ぎ去った時間がとても長く感じます。
よく一年を振り返って、あっという間の一年だったね、と言いますが、いつも思うことは一年前が遥か昔のことのように思えます。
 
その点は時間の過ぎ方が人と違うように思えたりもします。
 
私がこの世を去るときに、「桜の花のような人生だったな(時間的な短さ・儚さという点と美しさという点において)」と思えたら、きっと思い残すことなどなく逝けるのだと思います。
 
【2010年4月18日】

 

2011年の抱負

1月も末日になり、今更抱負を語るのも遅きに過ぎるように思いますが、それでも少し話してみようかと思います。
 
まず1点目ですが、今年は例年以上に修行に比重をおいていくことになると思います。
昨年から山で修行するようになりましたが、それにより施術効果が上がってきていますのでこれからも続けて行くことになろうかと思います。
 
里の修行、山の修行とあります。
里の修行は街中で暮らし日常生活の中で自身を研鑽していく修行です。
社会・金銭・人間関係という多様なしがらみの中で生活することは精神を鍛え高めていくのに実はとても有益です。
私は過去生におそらく山で修行をした経験があるのでしょう。
あえて山に入らずとも今は里にもインターネットや書物などにより有益な情報が降りてきていて里の修行で十分とこれまで思ってきましたが、それもご縁により流れが変わってきました。
これも背後のお導きのお陰と感謝しているところです。
これにより営業日も幾らか少なくなりお客様にはご迷惑をおかけするところもあるかと思いますが、施術効果はこれまでより高まっていくと思いますので何卒ご理解頂ければ幸甚です。
 
治療の力、ヒーリングの力を得るには、どこかの教室で学ぶ方法もありますが、そのレベルではとても難病の方には太刀打ちできません。
秘伝とされるエネルギーはなかなか表に出ることなく静かに面々と伝えられています。
あえて秘密裡にするのには表に出してはいけないというそれだけの理由があるようです。
私は山の修行をしていく中でこうした法力を身につけ、どこに行っても治らず日々苦しんでおられる皆様の一助になりたいと強く思っております。
 
2点目は今年からヒーリングやメディテーション(瞑想法)を有志の方にお伝えしていきます。
これまでも気功やスピリチュアルなことを教えてほしいと多くご要望を頂いていました。
それをご縁のあった方のみ内々に伝えてきましたが、ホームページに詳細を掲載して希望者を募っていきます。
リラックスして気持ちいいというレベルではなく、病を癒すことを目的とした本格的な内容にしていく予定です。
生徒を大々的に募集していくビジネスとしてはとらえておりませんので、新たにご縁のある方とめぐり合えたらと楽しみにしています。
 
3点目は店の移転を行います。
まだ契約はできていませんが、近いうちに移転をするよう動いています。
より皆様に快適にご利用頂ける店舗にしたいと思い、冬に入ってから随分と動いてきました。
私は誠実に生きているつもりですが、社会的には信用がありませんのでなかなか苦労することもあり大変です。
 
4点目はよりホームページの情報を充実させていきたいと考えています。
ホームページは同業者やプロからみても有益だと思えるだけのものを出していきます。
とかくこのような情報は1人1人が秘密にしがちなのですが、出したものはまた形を変えて入ってくるという法則が厳然としてありますので、私は秘密にしないで出していこうと思います。
 
そのためパソコンももう1台購入しました。
これまでは家でパソコンを使おうと思っても、家内がつまらない目的でパソコンを占拠してしまっていて私は使うことができないという情けない事情もありました。
でも、もう大丈夫でしょう。(多分・・・)
 
このような感じですが、基本的には外見から変わるところはそれ程ないと思いますが内的に成長を遂げる一年にしたいと思います。
皆様はどのような抱負をお持ちになったのでしょうか。
どうか皆様がお持ちの抱負や夢が早いうちに現実に実現するようお祈り申し上げる次第です。
 
【2011年1月29日】

東北地方太平洋沖地震について

3月11日(金)に発生した宮城県三陸沖を震源とする「東北地方太平洋沖地震」により、犠牲になられた皆様に心よりご冥福をお祈り申し上げますとともに、被害にあわれた皆様、そのご家族の皆様に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
 
また、被災地にて被災者救助に当たっている方々、福島原子力発電所にて命懸けで被害を食い止めようとしている東京電力の社員の方々、自衛隊の方々に心から感謝申し上げます。

特に福島原子力発電所でメルトダウンを防ぐために不眠不休でご活躍下さっている現場作業員の方々を思うと私は心が痛みます。
この方々は福島原子力発電所の放射能漏れ被害がこれ以上拡大しないよう自らの命を盾に被爆の危険性を承知の上闘って下さっている英雄です。
チェルノブイリ原発の事故の際にもやはり事故を収めるために現場で働いていた多くの方の命が失われました。
その数、数百人~数万人と言われていますが正確な因果関係が分からないためはっきりしていません。(リンク:チェルノブイリ原子力発電所事故
福島原子力発電所の現場作業員の方々の思いにより、事故が収束するよう心より祈る次第です。
 
おそらく戦後最悪の時を私たちは迎えています。
ここまではまだほんの序章であるという説もあります。
2012年の終末論は色々と騒ぎ立てています。
これからは生者が死者を羨む時代になっていくのでしょうか?
 
ネットを検索するとにわか原子力専門家があることないことを書きたて不安を煽っています。
政府発表の情報ですら、どこまで正確な情報か、隠蔽はないのか分かったものではありません。
良心を失った御用学者の言うことなど全く当てにできません。
混乱と疲弊の生活の中、自分自身の本能で正確な情報を見抜き行動する感覚を持たなければなりません。
 
最悪なことは高いレベルから見ればより進化向上するための浄化作用であり、これは人体の病気に対する位置づけと同じです。
だからと言って被害に合われた方、お亡くなりになった方が必要だったというつもりは毛頭ありません。
テレビで報道される現地の痛々しい状況を見るにつれ心が痛みます。
現地の被災者の皆様には本当に頑張ってほしいと思います。
命を失われた方々の尊い犠牲を無駄にしないために私たちができることは何であるか、私たちはこれから何の教訓を得るのか、一人ひとりが自問自答する必要があると思います。
 
私はこれを機に人心を改め、お互いを思いいたわりあう調和の世の中を築いていかなければならないのではないではないかと思います。
自分大事、お金が大事という物質的な価値観は終わりを告げようとしています。
日本人は誇り高く、忍耐強い、和を尊び自分のことより人のことを思う良き性質を本質的に持っています。
日本人である私たちはこの難局を手を取り合うことできっと乗り越えていけるはずです。
 
今首都圏に住む私に当面できることは節電、節制、募金という物理的な協力以外には、祈ることしかありません。
祈りの力は大きいのです、私はこれからも毎日祈っていこうと思います。
特に西からの風が吹くよう、風の神に祈っていくつもりです。
 
皆様もどうか不安の多いとは思いますが、自分たちにできることは何かを自分自身に問いかけてみて下さい。
そしてできることからそれを行動に移していきましょう。
 
まだ余震も続きそうですが、お怪我などないようどうぞお気をつけ下さい。
 
 

【2011年3月14日】

真贋

まずはテレビ番組の話からです。
 
でも私はテレビはほとんど見ません。
朝も今は日が暗い内に家を出て帰宅するとたいてい日にちが変わっています。
私は本業に全力を尽くすことが神に対する奉仕であると考えていますので、かなりハードワーカーだと思います。
そのようなわけで平日はテレビをみてゆっくりという時間はなく、休日も余りみたい番組もありませんので、こたつに入ってテレビをゆっくりという生活習慣は人と比べかなり少ないといえると思います。
 
今リビングにテレビがありますが、買って5~6年になるのでしょうか…とうとうガタが来て画面に横縞がガーと入っています。
家族はさぞ見づらいことでしょう。
それで新しいテレビを買ってとせがまれていますが、何かリビングにテレビがあるのは不自然で落ち着かないと思うのです。
それで「もうなくてもいいんじゃないの」と言うと猛反対されてしまいます。
リビングにテレビがあるのは変だと思いませんか?
どこだったかの国はリビングにテレビを置かないという話を聞いたことがあります。
テレビは視聴覚室の様な部屋があってそのようなところで視るのが本当は良いのだと思いますが、あいにく我が家は狭いのでそのような部屋を用意することができません。
本当はリビングにはテレビはない方が良いと思います。
余り共感してもらえないでしょうか…
 
家内と結婚して10年以上になりますが、家内と結婚するまでは私が一人暮らしをしていたワンルームマンションにはテレビはありませんでした。
「変だよ」と家内に言われ、渋々14型のテレビを買い、結構長く使っていたものです。
 
大体、テレビ番組はバラエティーがやたら多いしためにならないと思うのです。
中には良い番組もあります、でも少ないですよね。
もっと良質な番組が増えれば日本人の教養や関心も変わってくると思いますが、視聴率をとるために番組を作ると平均層に合わせた番組内容になり質的には堕ちてしまいます。
多数決の弊害のようなものです。
選挙もそうですが、多数決は必ずしも良いこととは言えないと考えています。
 
戦後、日本がアメリカに敗戦し、アメリカ(GHQ)は日本人が二度とアメリカに歯向かわない様に占領時代に3Sと言われる愚民化政策を採ります。
それが、野球を始めとするスポーツ、スクリーン(映画)を始めとするエンターテイメント、セックス(性風俗)の開放でした。
国民の関心を3Sに向けて占領政策のガス抜きとしました。
 
私はマスコミの報道には余り信用を寄せていませんので、テレビに毒されていると本当に日本人はどうなってしまうのだろうとひそかに危惧しているところです。
 
本題からそれてしまいました。
 
年末年始に実家に帰ったところ「芸能人格付チェック」という番組がやっていました。
付いていたので、一緒になって視ていたのですがこれが結構面白かったのです。(なんだテレビみてんじゃないか!と言われそうですね…)
高級品や本物と、安物をブラインド状態で当てっこするクイズ番組で、その正答率によって芸能人を格付けしていく番組です。
大物芸能人と言われる人も出ていました。
梅宮辰夫はよく外していました…本物を見極める目がないのですね、彼は番組中なかなか正答ができず苦しんでいました。
それに対し抜群の正答率を誇ったのがGackt(ガクト)です。
私はミュージシャンとしての彼を良く知りません。
NHKの大河ドラマで上杉謙信を演じたのを知っています。
しかし、私は大河ドラマが上杉謙信の行者としての一面を描き出すことはできないと思っていましたし(そこが謙信の妙味なのに…)、また上杉謙信は下膨れの顔だったのですが、Gacktのようなスマートな俳優では興醒めしてしまうので視る事はありませんでした。
そのGacktの正答率が高い所以(ゆえん)は結構お金を持っていて日頃から良い物に触れているからかもしれません。
でもそれは他の一流?芸能人も同じなので、彼の感性がそれを見極めることができたということなのでしょう。
 
私は番組を視ていて、その場にいなければ分からないような問題(味覚の識別)の他は正答できていたので、知らないうちに仕事を通じて感性が磨かれてきているのだと感じました。
 
正月明けにお会いしたMさんというお客様、彼女は信仰の厚い方なのですが、彼女もほとんど正答したと言っていました。
彼女も感性が磨かれているのでしょう。
 
ちなみにこのMさんは面白いことにUFOが近くにいると分かるそうです。
でも肉眼で見えないのでカメラで撮影すると撮れているのだそうです。
凄いものですね。
ちなみにUFOというのは遠い宇宙の彼方から宇宙人が乗ってくるものと考えている人が多いことと思いますが、それは違うようです。
このMさんの事例の様に、見えないのにそばにいる…つまり異なる次元に存在するのです。
UFOは次元間移動の物体であり、その搭乗者は宇宙から来訪するのではなく別の次元よりこの3次元に現出するのが本当の様です。(地球人が既に開発して持っているというUFOは別です。)
 
嗚呼(あぁ)、また話がそれてしまいました。
 
「一芸に達するものは諸芸に達する」といいます。
一芸を極めたものは他の技芸でもその道の心得や本質・道理が分かるという意味です。
Gacktはきっと一芸をそのレベルで極めているのでしょう。
私は自分が気功治療の道で極めたとは全然思っていませんが、それでも少しずつでも山の高みに上ってきているのかもしれません。
特に私の場合は、感性の他にエネルギー(気)を感じることがより鋭敏になってきているので人であれ、場であれ色々な情報が入ってきます。(テレビからもエネルギーが伝わって来ています。だから良くない番組を見るのは悪影響を受けることになります。)
エネルギーを感じているので、以前より贋物をつかんだり間違いを選択することは大分少なくなっているのではないかと思っています。
 
エネルギーがそこまで敏感でない人は熟考し頭で判断したことは往々にして間違いだったりしますから、熟考の末に直観で判断した方が物の本質を捉えることができることでしょう。
当院のホームページのヘッダー画像の1つにも「考えるのではなく、感じてみよう」という言葉を載せています。
 
もう故人ですが、整体師で野口晴哉(はるちか)という方がいました。
常人ではない神がかり的な整体師だったことが彼の多くの著書からも分かります。
逸話も多く残っていますが、ここでは1つだけ紹介します。
関東大震災の日のことです。
野口はまだ子供でした。
彼は大震災で周囲の建物が崩壊し大火災で市民がパニック状態になっている中避難する方向を選択するのに、岐路に立ってそこで自分の脈をとって判断したそうです。
脈が乱れる方向は危険だと潜在意識が察知し身体に表していることを分かっていたのでしょう。
 
子供の頃にしてそのレベルですから、頭が上がりません。
施術家の道は実に深遠です。
いつまで経っても一芸を達したとは言えないと思います。
 
【2012年1月19日】

日本の子供たちが泣いている

私は時事情報についてはそれ程詳しくはありません。
新聞もとっていないし、ネットでニュースのタイトルを眺める位です。
しかし、何か最近親が子を殺したり、子供が親を殺したり陰惨な事件が増えているように感じます。
 
うちのお客様で保育園の園長さんがいるのですが、お伺いした話によると虐待を受けている幼児が以前よりかなり増えてきているとのことです。
 
幼児虐待は近所の人から警察や児童相談所への通報により発覚します。
幼児が虐待を受け泣いている声で近所の人が気付きます。
それからそのお宅に調査に入るようですが、その調査によって通園先の保育園・幼稚園が分かるとそちらへも連絡がいくそうです。
児童相談所の人は親に面会を拒否されると幼児虐待の証拠をつかめませんので、保育園に連絡を取り保育園の先生にその当該の幼児の身体をみてもらうそうです。
 
「そのような話が随分と増えてきました・・・」
 
と、その園長さんは嘆いています。
親が色々な面で余裕がなく視野が狭くなっているからだと園長さんは言っています。
自己都合を前面に出しクレームを言う親が増えてきていると言っています。
保育士や他の親とうまく付き合えない親も以前より増えてきているそうです。
「おとなしい親だな」と思っていたら、ある日ノートにぎっしりと日々のクレームの内容を書き連ねて持ってこられたこともあるそうです。
 
園長さんは子供が好きでその仕事を選んだということですが、幼児と楽しく手をつないで遊んだり、また一緒になって寝たり・・・そんな子供達と純粋に楽しく過ごすことができた時代は過ぎたと悲しげに語っていました。
そんな子供好きな園長さんはストレスで精神をすり減らし胃潰瘍になってしまっています。
 
当院のお客様には他にも教育者の方がいらっしゃいますが、皆様口を揃えて10年前とは変わったと言います。
学級崩壊は今では珍しくなく、ベテランの先生でも手に負えないそうです。
 
子供がおかしくなったと言いますが、子供に非はありません。
それを育てる親に問題があるのです。
自分のことばかりしか考えない精神的に幼い親が増えてきているのでしょう。
 
私は昨年北インドに行きました。
インドは急激な経済発展を遂げていますが、それは本当に都市部の一部だけでそこを離れ農村地帯に行くととても不衛生で貧しい生活をおくっている民衆がいます。
お金はなく、衣服もいつも同じ服を着ている、例え結婚式などハレの日でもその服しかない、それ位物質的には貧しい生活を送っています。
 
それがインドの大多数の国民の生活で、子供たちは朝起きて親の農業を手伝ってから登校します。だから始業は10時位と聞きました。
日本の様にあちこちに学校がある訳ではありませんから、1~2時間かけて徒歩で通学するのも珍しくありません。
 
日本に比べ圧倒的に恵まれていないインドの子供達ですが、彼らはとても生き生きとした目をしています。
凛としているというか、シャンとしているというか、キビキビと歩いており、陽気で見ていても気持ちがいいのです。
「何か日本の子供たちと随分違うなぁ」と感心して眺めていたものでした。
 
日本の子供達の通学風景をみてもダラダラしているというか、気力がないというか、何かしまりがない印象を受けます。
物質的な豊かさは日本が圧倒的に上回っていますが、精神的な豊かさではインドの足元にも及ばないのではないでしょうか。
 
私が行った北インドでは文房具やデスクなど勉学に必要な道具も揃っていません。
私はインドの子供達を見て、とても清々しく気持ちよかったのが今も心に残っています。
そしてその時、彼らにいつか学校を建ててあげたいと思いました。
一体いくらかかるのかわかりませんが、何年かかかって数百万ためて寄付を出来たらと思います。
私だけの微力な財力ではそれだけで学校は建たないかもしれませんが、設備を充実させる一助にはなるでしょう。
きっととても喜んでくれると思います。
そして、銅像を建ててもらいます。(←これはウソ)
 
インドの話に流れてしまいましたが、何が日本の子供たちをそこまで変えてしまうのでしょうか。
一言で表現するのは難しいけれど、これは幸福感の違いではないかと思います。
日本の大人の幸福感はほとんどがお金や地位・名声、所有物にあるのではないかと思います。
そのためにはまずは偏差値の高い良い学校に進学するのが必要条件となります。
良い学校から、良い会社へつながっているレールに乗るのが日本人の幸せです。
そのレールを突き進んで行き、いつかそれを満たしたとしても人間は幸福にはなれません。
その時に錯覚だったと気付くのでしょう。
 
またこの幸福感の下では極一部の成功者と大多数の落伍者を生みます。
自分が持っていないものを他人が持っているのを羨ましがり、それがコンプレックスやひがみになっていきます。
所有物が少なくても大事に使えばそれで良いと思いますし、人を羨む必要はまったくないのですが、人と自分を比べ人と同じでないと不安なのです。
 
親がいつも精神的に満たされずイライラしているところや、誤ったレールに乗っかっているところに子供たちの漠然とした不安と抵抗があるのではないかと私は考えます。
 
インドやまたチベット・ブータンなどの中央アジアの人たちの幸福の価値観はシンプルで家族と共に過ごすのが幸せであると考えています。
経済発展よりも家族と過ごす時間の方を優先します。
また、物を多く持つことに価値を置くのではなく、人を助けることに価値を置いています。
物はないけど助け合って生きるのが当たり前になっているのです。
 
一昔前の日本もそうだったように思います。
私たちも自分のことばかりを考えていてはいけません。
人を助け、人に喜んでもらう、そんな楽しい生き方をしていきましょう。
子供たちが元気になっていくように。

子供の笑顔!!
 
【2012年8月26日】

プロフェッショナル

私はテレビをほとんど見ません。
仕事が忙しいので見る時間がないということもありますが、時間があるのであれば少ない選択肢の中から受動的に情報を得るテレビ番組より、多くの選択肢の中から能動的に情報を取りに行く読書の方に時間を使いたいと思うからです。
 
ほとんど見ないというテレビの中で時々見るようにしているのがNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」です。
色々な分野の一線で働いているプロフェッショナルが毎回主演し、その仕事ぶりや哲学を知ることができます。
自分をできる限り高めていきたいという成長意欲から、私は常に高いテンションで仕事をしているか自問自答を繰り返しています。
自分とこの番組に出てくるプロフェッショナル達と比較をしてみて自分の位置付けを確かめるようにしています。
 
一連のプロフェッショナルの中でも5月14日放送された心臓外科医の天野篤さんの回はとても刺激になりました。
天野さんの仕事ぶりを見て、自分もまだまだだと思いました。
年間平均40~50回という心臓手術の執刀数がある中で、天野さんは400回という驚異的な執刀数をこなしています。
外科分野には素人の私が見ても心臓手術は相当難しいのがわかります。
天野さんは10時間以上に及ぶ手術を平然とこなし、一日に4件もの心臓手術をすることもあるそうです。
そのため恐ろしく多忙かつ緊張度の高い日常を過ごされています。
月~土まで病院に泊まり込み手術の方策を練っていて、自宅で過ごすのは日曜日だけということです。
食事も満足に食べておらずある日の昼食はバナナと缶コーヒー位で、撮影したカメラマンが「それで大丈夫なのですか」と思わず聞いていたのが印象的でした。
 
天皇陛下の心臓手術も執刀したのはこの天野さんです。
それからもこの分野での第一人者というのがわかりますが、天野さんは医師のエリートコースを歩んできた訳ではなく、どちらかというと落ちこぼれ組だったということです。
しかし、お父様が心臓の病を患っていたのでそれを治してやりたいと各所で懸命に勉強され経験を積んでいったそうです。
 
しかし、そのお父様の手術は天野さんが執刀したものの失敗に終わりました。
その痛恨の経験が天野さんをここまで駆り立てた原動力になっているに違いありません。
おそらくお父様だけではなく、他にも多くの患者さんを自分の目の前で死なせてしまった経験をお持ちなのだと思います。
心臓外科手術は他の外科手術より手術中に患者さんが亡くなってしまうリスクが極めて高く難易度の高いものです。
よく天野さんが「闘う」「叩く」とか「勝負」という格闘系のフレーズを口にしていましたが、心臓外科医にはまさに勝つか負けるかという勝負師的な要素があります。
目の前にいる心臓病の患者さんを救わんとする熱い思いからでしょうか、それとも過去に救えなかった患者さんへの懺悔の思いからでしょうか、天野さんは極限まで自分を追い込みまるで自らの命の炎を燃やし尽くさんかの様に日々の執刀に打ち込んでいます。
それはあたかも行に命を賭ける行者の様な異様な雰囲気を感じます。
 
私も天野さん程ではありません気功治療家として、同じようにまた救えなかった多くの命(主に末期がんの方)をみてきています。
一概に比較は難しいでしょうが、私は施術家の中ではお客様の死を経験している数はかなり多い方だと思います。
私は気功治療家として最期の苦痛を緩和させるための気功治療をする機会が多くあるからです。
死から救ってあげたいという思いは強いのですが、死は神が決めるものですから自分の無力さを味わう結果に終わることが大半です。
死は免れなくても私の気功治療で肉体的苦痛が緩和したり、死への恐怖が和らぐ効果はあります。
それはそれで気功治療をした意味があるのだと思いますが、それでも自分より若い人、殊に小さなお子様を残している人の死に立ち会うのはかなり辛いものです。
この悲しく辛い経験を持つ者はどこまで行っても決して慢心することはありませんし、ましてや奢ることなど考えられません。
自分が厳しい修行・鍛錬をしたり、禁欲することで誰かを救うことができるのなら私は喜んでそれを進めるつもりがあります。
 
さて、そんな天野さんが定義するプロフェッショナルとは。
それは「天命に従ってやるべき仕事をこなしていく」というものでした。
 
天命とは天からの命令と書きます。
天が人間に与えた使命ということです。
私も日々神の力を頂いて気功治療をしている中で、同じように天(神)の良き手足とできるだけのことをやろう、獅子奮迅の働きをしようと常に思っています。
天野さんを見ていると一体どこからそのエネルギーが出てくるのかと不思議に思いますが、それはやはり天(神)からということになるのでしょう。
天命に生きる者は天からの力を頂けるものと信じています。
 
【2012年9月2日】
偶然にも明日9月3日(月)22時9月6日(木)24時25分(NHK総合)からアンコール放送をすることが今わかりました!!
良かったら皆さんみて下さいね。

2013年の抱負

富士山
 
新年あけましておめでとうございます。
2013年になりました。
旧年中はありがとうございました。
本年も変わらぬご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。
 
2012年はスピリチュアル的にはアセンションがあるとかマヤ暦が終焉を迎えるとか、大きな混乱があると言われていました。
2012年12月21日に世界は終わりを迎えなかったので安堵している方もいるのではないでしょうか。
それはそれで良かったのですが、まだ安心するには早いのかもしれません。
実際、分かりやすいところでは社会政治的に良くない方向に行っている様に感じます。
でも、まずはこうして2013年を穏やかに迎えられることに感謝をしたいと思います。
 
今回は私の2013年の抱負をお披露目します。
 
まずは霊性修行においてより大きな飛躍を遂げられる様、修行に努めていきたいと思います。
このことが私にとってとても重要です。
これは自分自身の施術能力の向上のためであり、また祈りの力で世の中をより良くしていくためでもあります。
 
世の中のことについて言えば、大きな混乱なく2013年を迎えることができているものの、何か釈然としないものがあります。
それは何かと具体的に言えば、一つは政治経済のことです。
先の衆議院議員選挙で自民党が政権をとりましたが、それで社会・経済が益々良くない方向に行くように思います。
しかし、このサイトは政治経済を論ずる場ではないのでそれは語りません。
 
もう一つは地球のこと、宇宙のことです。
2013年の正月の今日感じたのは、太陽がいつもと違う様な感じがするのです。
朝日と夕陽を私はいつも見るのですが、何か変だと感じました。
どうかそれが杞憂であってほしいものです。
 
「日月神示」にも日本(だけではなく世界)がこれから迎える大きな混乱「三千世界の洗濯」があると予見されています。
日本人の人口が今の3分の1になる様な大きな災害(戦争)があるとも記述されています。
それが2013年にあるのかどうかはわかりません。
もっと先のことかもしれません。
しかし、それはカタストロフィーの確定的な預言ではなく、私たちの意識次第で未来は変わるのですから、そのために地球で多くの人の意識変化が求められているのではないかと思います。
 
最近の自分自身を振り返ってみますと、私の様な凡才であっても、比較的短期間に意識が変化をしていると思います。
これは決して私だけではなくたくさんの方が同じような経験をしているのではないかと思います。
やはりこの2012年前後というこの時期は宇宙的にも大きな転換期を迎えており、そのために人間の意識も大きく進歩しやすい時代なのでしょう。
 
外気功療法さいたま院に付属のスピリチュアル・サロン「ヒーリング クァンイン さいたまオフィス」でも幾つかのスピリチュアル講座をご提供していますので、ご関心のある方、心が魅かれる方は自分自身のために、地球や宇宙のために果敢に挑戦して頂きたいと思います。
 
もう一つの抱負は日本人の一人として日本の事を研究していきたいと思います。
現在の日本人ははっきり言ってアイデンティティを完全に喪失しています。
日本人は自分達日本人の起源や古代史をほとんどすべての人が知りません。
学校教育で教えられる古代史は「古事記」や「日本書紀」がベースになっていますが、これは官撰歴史書であって、いわば支配者サイドが自分自身に都合良く編纂したもので内容が真実であるかどうか疑わしいところがあります。
私個人の考えでは、また別に真実の歴史というものがあると思います。
 
また同じく日本の神様のことをほとんどすべての人が知りません。
神社で祀られている神様とは一体何者なのか、一体いつどこから来たのかベールに包まれたままです。
日本の神様は名前が長くて頭に入りにくいだけではなく、どのような意味があってそのような名前になっているのかよくわかりません。
私も最近「日月神示」を読んだり、それを世の中に紹介している中矢伸一先生の本を読んだりして少しずつ理解を深めているつもりですが、知れば知るほど奥深いものがある様に感じます。
私は主にインドの修行法で行をしているのでインドの神様については少し分かってきましたが、日本の神様のことは余り詳しくわかりません。
でも、何かインドの神様と日本の神様はつながりがあるようにも思います。
ひょっとすると同じ神様を違う名前で崇拝している可能性もあります。
日本人は八百万の神様と言う言葉がある様に森羅万象に神を感じる気質を持ち合わせていて、分からないものは分からないままでそれを受け入れ大切に崇拝することができるのですが、日本の神様のことがわからないと何かジクソーパズルの重要なパーツが抜けていていつまでもアイデンティティーが完成しないように思うのです。
 
日本人は世界的にもスペシャルな人種だと私は考えています。
それを裏付けし、確たるものにすべくフィールドワークも含めて今年一年楽しみながら探求していきたいです。
 
それと何はともあれ健康が第一です。
皆様もどうかご自身の健康を大事にし、体調を崩されないようご自愛下さい。
そして日々の自身の務めを自分の行とし励み大きく成長されます事をお祈り申し上げます。
【2013年1月1日】

果たして誰が偉いのか?

世間であの人は偉い、会社であの人は偉いという場合は地位やお金を持っている、権力があるというのをその基準にしていることが多いように思います。
私は昔サラリーマンとして勤めていた時期があり、その時役職の高い人のことを周りの人が「あの人は偉い」と表現するのをよく耳にしていました。
しかし、私にはそれが果たして本当なのか、何が偉いのか、疑問符が付いていました。(上司の中には尊敬できる立派な方もいました。)
 
世間的な偉さと霊性の高さが連動するかというとそれは違うことが多い様です。
特に会社の役職が高い場合には、そこに辿り着く過程で黒を白として自分を偽って生きてきたり、部下や他人を泣かせて保身に走った結果にそれを得ていることも多いのではないかと思います。
まぁ、人相で大体わかりますけれども・・・
 
私は人を地位・名誉・お金・権力で見ることはありません。
そのため、世間的に偉い人と会っても恐縮したりしません。
有名人であっても無名の人と同じようにして会えますし、私の態度は何も変わることはありません。
 
「ザ・フナイ」の1月号で船井幸雄氏がこう言っていました。
人間にとってやはり一番大事なのは人間性だと言っておきます。それは人を認め、賞め、包み込み、逆に他人の悪口を言ったり批判をしないで、人の足を引っ張らないこと、また自分では自慢せず、謙虚で、お金に綺麗なことがポイントになりそうです。そういう人を、世の中は『実力がある』と認めるようで、決して肩書きや資格ではなさそうです。」
 
確かに私もそう思います。
地位や名誉がある人、また有名である人であってもその人がどのような動機で日々の仕事に従事しているか、偉いかどうかを分けるポイントはここにあると思います。
つまり、マーケットのシェアを伸ばすとか、業界で一位になるとかそのような動機で日々仕事をしている人は、ただプライドを満たすための行動に過ぎないように感じられ私には偉いと感じられることはありません。
その行為はエゴから来るものであり、プライドを満たすという動機は弱く人の心を動かす力にはなりえません。
 
しかし、同じ仕事内容であっても、それを通して世の中を良くしたいとか、人を助けたい、という様な動機がベースになっている場合は大きな力を得て人を感動させる成果を得ることもできます。
 
私にとってこの人は凄い、偉い人だと思える人の基準の一つにはその人がどれだけ他人を助けているか、奉仕しているか、人にエンパワーしている(=力を与えている、元気にしている)かという点です。
お金などの報酬が動機で動いているのではなく、人を助けたい、その思いだけが動機になっているのが重要です。
人数は大いに越したことはありませんが、特定の人を支え続けることも立派なことです。
例えば親や夫を支え続ける妻は目立つことはなくほとんど他人の評価を得ることはないでしょうが、私は実に立派で偉いものだと感じ入ります。
 
また神事に従事し、苦境にある人を助けている人は偉いものだと思います。
具体的には神職や行者、僧侶、ヒーラーなどの職業の人で、神の力(ご加護)を得ている人を指しています。
このような人はこの世に生まれて来る時に神からお役目を受けて来ているのかもしれません。
昭和の初期には人に神がかかった生き神様が日本にも数名はいたようですが、今はもういないのでしょうか、その存在は聞こえてきません。
生き神様は人の肉体に神の魂が入った存在であり、主に病気治しの技で人を救っていました。
現代でも生き神様の境地まで行かずとも神の気が通っている人はいます。
日月神示にも「神の気通うたら、その気を人間にうつすお役、救いの御役を結構につとめあげてくれよ」(黒鉄の巻・第二十三帖)と書かれています。
神の気を得て人助けをしている人が私にとっては最も上等で理想とする姿であります。
 
また、表立った宗教関係者でなくても日本を良くしよう、日本人の精神・意識を変えようと著作などの活動をしている人、本を出さなくてもそう祈りつづけている人は偉いと思います。
祈りは力がありますから、そのように祈る人によって私たちの潜在意識は変わり、意識が向上していきます。
そのような人は日本という国を癒すヒーラーと言えます。
私の様な施術家は本当に縁ある数人しか癒せませんが、このような方は祈りの力で多くの人を癒しているのです。
 
私は日々わずかな人の施術しかできません。
でもその人が元気になって、家族や周りの人を明るく元気にしてくれたら嬉しいと思いますしやった甲斐があるというものでしょう。
命を落とす瀬戸際まで病が進行していた人が施術で命を取り留め、その人が子に命をつないでいったら、数百年後には何十人かの命を助けたことになります。
私のしている仕事は地味で華やかさもありませんが、そのように命の灯火をつないでいく役目であれたらと思っています。
 

【2013年1月7日】

終戦記念日

今日は8月15日、終戦記念日です。
1945年の夏から随分時が過ぎました。
戦争の体験者で生きている人も少なくなりましたし、以前は特にNHKが太平洋戦争の番組を度々放送していましたが、今年はそれも少ないという印象です。
戦争の記憶が段々と風化していっています。
 
多くの日本人はあの戦争で何があったか知らないのでしょうし、若い人の中には日本とアメリカが戦争をしたことすら知らない人も多いといいます。
アメリカは日本占領時の政策として日本人の魂を鼓舞する様なものを根絶させ、アメリカナイズした文化の浸透を図ったといいますから、それは現在見事に効を奏したと言えるでしょう。
 
圧倒的な国力の差、物量の差の中で日本はアメリカをはじめとする連合国軍と戦いました。緒戦は優勢に事を進めていましたが、ミッドウェー海戦敗戦後は徐々に戦局を縮小せざるを得ない状況になりました。
制海権を失ったため補給路を絶たれ、各所の島に残された多くの日本兵は武器食料が絶対的に不足する中、無残に殺され死んでいきました。
 
一旦戦局が縮小に向かうと戦闘らしい戦闘はなくなり、ほとんどが特攻と言って爆弾を抱えて敵に突撃していく作戦になり、その結果多くの若い兵士の命が失われました。
神風特攻隊だけで4000人(諸説あり)と言われています。
その多くは16才~23才の若い兵士で、彼らは国を守るために本当に笑顔で戦闘機に乗り勇ましく飛び立っていきました。
死を恐れ怯えて逃げる者はなく、「死んだ後靖国で会おう」と仲間に誓って往きました。
 
戦闘機はアメリカの空母、戦艦、駆逐艦に突撃していきました。
特攻隊による作戦が始まった最初の時期は性能の良い戦闘機も使われましたが次第にそれもなくなり、最後の頃は航空練習機や、旧型の戦闘機が使われました。
200キロを超える重い爆弾を運ぶために防弾壁や機銃も取り除き軽量化をしたため防御力・攻撃力はなく、しかも爆弾が重いため操縦がしにくい。
一旦敵機に見つかれば抗する術はなく、多くは敵艦に行くまでに撃墜されました。
海中では人間魚雷「回天」(魚雷に人間が入って操縦するもの)が、同じく敵船に突撃しました。
戦車へは爆弾を身体に巻いた兵士が戦車の車輪部に駆け込み自爆しその進行を食い止めました。
B29が日本の上空に現れた時、この時も多くの戦闘機がB29に突撃し空中爆発し日本の住民を守ろうとしたのです。
有名な戦艦大和も勝算のまったくない作戦で、雲霞の敵戦闘機の待つ中に孤軍進行し、その攻撃に晒されあえなく撃沈しました。
実際の戦闘は映画の様な兵器同士の戦闘ではなく、多くは命を捨てた特攻だったのです。
今の日本があるのは、そうした無名の多くの兵士達のお陰ということを知らなければならないと思います。
 
神風特攻隊の兵士が残した遺書(遺書の多くは特攻決行の前夜か直前に書かれています)は色々な書に出ていますが、涙なくして読めません。
日本人は皆読むべきと思います。
圧倒的に不利な状況下において、彼らは天皇を守るというよりも、愛する家族・妻・両親を守るためにその命を犠牲にしたのでした。
そして彼らは日本がこの先平和な日本になることを心の底から願っていました。
 
「あんまり緑が美しい。今日これから死ににいくことすら忘れてしまひそうだ。真青な空ぽかんと浮かぶ白い雲、6月の知覧はもうセミの声がして夏を思はせる。」
6月6日 作戦命令をまっている間にー 枝幹二(早稲田大学22才)の遺書
 
「小さい時から両親、兄妹の溢れるばかりの愛情の内に育まれた私は本当に幸福でありました。私の希望、あるいは我儘をみな聞き届けて下さった、私の人生は誰よりも幸福であり充実したものでした。それに引換、我が子として御両親に何等報ゆる処なくして往くを非常に遺憾と致します。私が居なくなっても、みんな元気で、お父さんは外でお働きになる、お母さんは内の仕事をおやりになる、けさ江、ふき江、ともいは、すこやかに大きくなって幸福な家庭を持つ様になる、そして皆が明るく楽しく扶けあって美しい生活を営む。私はそれを希ひ、それを祈っています。出陣前で時間がありません。私の心は如何にしても、この大業を完遂する事と、みな様のお元気であることを願ふ事です。ではご機嫌よう さやうなら」
6月6日 和田照次(上田蚕紙専門学校 22才)の遺書
 
特攻の様な作戦をどう評価するかどうか判断が難しいところもありますが、兵士達のその潔さ・勇ましさ・美しさは私たちの心を打ちます。
平和な時代に生きている幸せをかみ締め、その犠牲になった尊い命に感謝の意を捧げたいと思います。
 
【2013年8月15日】
 
参考文献:
「歴史人 2013年9月号 太平洋戦争の特攻の真実」(ベストセラーズ)
 
「特攻ー若者たちへの鎮魂歌」(神坂次郎/PHP文庫)

 

2013年最後の記事は〇〇の最終回

2013年最後の記事は〇〇の最終回。
〇〇とは「ドラえもん」です。
 
ここでご紹介するドラえもんの最終回は藤子・F・不二雄先生が書いた公式のものではなく、田島・T・安恵さんが同人誌で発表したものです。
これはドラえもんの著者が書いたものではないにも関わらず、ストーリー展開に深みがあり感動を呼ぶと話題になりました。
何度も繰り返し読むとその度に気付きがあって良くできているなぁと改めて感心してしまいます。
 
では、こちらからどうぞ。
 
【2013年12月30日】

ご愛読いただきありがとうございます。
また、どうぞお訪ねください

 

このページへのコメント

「おくりびと」を見ました。
ご無沙汰しております。
その節は大変お世話になり、ありがとうございました。
私は先週「おくりびと」を見まして、同様な感覚になりました。
また、人の死に対する見方が少し変わり、すごく身近に感じました。
しかし、1週間後、いつもの生活に戻っています。
Posted by konogami  2008/10/19 14:26:15
konogamiさんへ
コメントありがとうございます。
こちらこそご無沙汰しております。
「おくりびと」は私も先日浦和でみてきました。
死という忌み嫌うものが美しく描かれている映画で、しみじみとした余韻が残って良かったです。
「死とは終わりではなく誰もがくぐる『門』である」と焼却場のおじさんが言っていましたが、このことが大事なのだと思います。
霊界通信によるとあちらが「主」でこの世が「従」と言われています。
この世はあの世の映し鏡だそうです。
Posted by 院主  2008/10/28 15:14:51

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