気功治療・遠隔治療の専門院 外気功療法さいたま院、埼玉県

 

 
 
 
 
 

現実はマトリックス?Kさんの臨死体験談


 

当院にはこれまでにも何人か臨死体験をしたことがあるお客様がいらっしゃいました。
 
臨死体験とは意識が肉体を抜けて別の次元に移行することをいいます。
 
死を迎えれば誰もが経験することですが、それまでは私達の意識は肉体に縛られているため、何かの行をしたり、薬物でトリップしたりしない限り異次元を経験することはありません。
 
しかし、それを経験することで私達の知らない貴重な情報を得ることがあります。
 
今回ご紹介するのはKさんで、来院の動機は現実の様々な問題に直面し気持ちが沈んでしまう、本来の笑いの絶えない性格に戻りたい(性格改善)というものでした。
 
まずは施術を受けた後にいただいたKさんからのメールをご覧下さい。
 


 
水野先生
 
こんにちは。
先日も施術して頂きありがとうございました。
施術中、全身がふわっと浮いてしまうような感じ
左側の頭部から頬にかけて大きな手で押さえられているような不思議な感覚がありました。
おなかに手を当てて頂いた際は先生の手がカイロのように温かかったです。
その温かさは一日中続き、汗をかく程でした。
お陰様で体調も心の調子もとっても良いです!
本当にありがとうございました。

 
前回は「笑える自分になりたい」、今回は「強い心を持ちたい」というお願いをしてしまいましたが前回(1回目)の施術後確かに笑いのある楽しい気持ちになる事ができました。
不思議な事に1回目の施術後、人を助ける場面(些細な事ですが・・・)に頻繁に遭遇したのです
そうすると助けた方から笑顔で「ありがとう」の言葉を頂き、それにつられて私も笑顔になり楽しい気分になるという出来事がありました。(施術後1週間ほぼ毎日)

今回は「強い心」なのでどんな形でそれが現れるのか楽しみにしています♪
 
私の体験に興味をお持ち頂き、ありがとうございます。
前回の文章は簡潔にまとめさせて頂いたものでしたので
もしよろしければ詳細も読んで頂けると嬉しいです。 
以下、非常に長い文章になってしまいましたのでお手隙の際にでもお読み頂けると幸いです。
 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 
臨死体験は全身麻酔の「ケタミン(ケタラール)」を静脈注射した事により起こりました。
約40分の間に体験しました。
ケタミンを注射した途端に目の前の光景がすべて奇妙な3Dの絵になってしまいました。
看護師の顔がアニメになり(「world of golden eggs」のアニメってご存知ですか?あんな感じです)(^_^;)
天井と壁がグラデーションのかかったパステルカラーの3Dデジタル映像に変化したのです。
その後、その絵はゆっくりと動き出し様々な色と形(主に無数の四角形の集まり)に変化しだしました。
その映像は自分自身の想像でも無く、眠っている時に見る「夢」でも無いと確信できました。
「映像を強制的に見させられている」といった感じです。
意識ははっきりしていたので状況が飲み込めず
「手術を怖がる私を安心させる為に医師が映像でも見せてくれてるのかしら・・・? そんなはずない・・・、もしそうなら事前に説明があるはず。手術中に映像を見せるなんて聞いた事ないし・・・手術してるのかな・・・?」と思ったりしました。
映像は上下左右に速くなったりゆっくりになったりと変化をしながらランダムな動きでした。
少しすると奇妙な感覚だったはずが段々と気持ちも落ち着いて来て次第にその映像を楽しむ余裕が出てきました。
そのうち医師と看護師の声と自分の呼吸の音(声?)が聞こえて来て
「やっぱり手術中なんだ・・・」と思いました。
手術を行っている感覚も遠い所にある感じ、自分の呼吸もいつもとは違う所から聞こえる感じで
自分自身の体も意識もすべてがバラバラになった感覚です。
「死んじゃったのかな?」と思いました。
死ぬのってこんなに簡単なんだ・・・。このまま死んでしまった方がラクかもしれない」
「でも、家族が心配・・・。○○(当時中学1年生)もまだ入学したばかりで私がいないと困るだろうしパパに銀行の暗証番号も教えてないから死んだらみんなが困っちゃうわ」と思ったら今度は映像が下の方へ流れていき反対に自分自身が上の方へ昇って行きました。
暗闇の中に連れていかれました。
沢山の星のようなものがあって私を優しく包みこんでくれているようでした。
すると私を中心に一緒にそれらが流れ出しました。(ディズニーランドのスペースマウンテンのような感じです)
その時に自分は孤独では無く沢山の見えない温かいものに包まれている・・・と思いました。
●「あの世(体を失った後)へは愛と知恵だけお土産にできる」
●「愛以上のものはない」
●「魂のみは汚れのないピュアなもの」
●「欲望や邪心はこの世(体と共に生きている間)だけのもの」
●「宗教の違いは関係ない、どの宗教でも帰る場所は同じ」

何故か分かりませんがこれらの事を知る事が出来ました。
後、宇宙のような映像から明るいものに変わり今度は沢山の四角形が下の方に見え
(今思えば空から建物を見ていたのかも・・・)
手術室の天井あたりに自分がいるような感覚があり
(医師の声が下の方向から聞こえてたので)
「体に戻るんだ」と思いました。
「間違いなく自分の体に戻れるのかな?隣の病室の男の人の体に行ったりしたら困っちゃうな・・・」などと考えたり・・・。(^_^;)
自分の体に戻った瞬間、「ずしん」と一気に重くなりました。
それと同時に邪心が入ってきたのもわかりました。
●「肉体はこの世で生きていく為に与えられた借物で絶対的(魂が担当する体は死ぬまで変わらない)なもの」
「魂のみはピュアなものけれども体と合体する事で邪心が入る」
この時、こう↑思いました。
魂が体に戻った後も相変わらず看護師の顔がアニメ(world of golden eggs)で壁と天井が3Dデジタル映像になっていました。
病室に戻ってからも麻酔が抜けるまで周りの光景が3Dデジタル映像になったり実像になったりとコロコロ変わりどちらが本物でどちらが錯覚なのかワケ分からない状態になりました。
 
術後、お見舞いに来てくれた友人にこの体験を話すと友人も手術の際に奇妙なものを見た経験があると話してくれましたが、特に何も感じるものはなかったとの事でした。
同じ病室の患者さんも手術後に「変なの見ちゃった~」と言いながら病室に戻ってきましたがその方も特に何も感じなかった様です。
何故、私にはそこまでの思いを持たせて戻したのか・・・、
自分なりに考えたのですが、手術中「このまま死んでしまった方がラクかもしれない」などと一瞬でも思ったから生きる意味を私に伝えてくれたのかもしれませんね。
 
今でもこの世は本当はマトリックスなのでは?と感じています。
脳の中ですべてのデータが変換されて物質として見えている気がして・・・。
 
水野先生のサイトを拝見し先生なら絶対に分かってくれると信じてました。
ここまで詳しくあの体験を文章にしてお伝えしたのは先生が初めてです。
 
お忙しい中、読んで頂きありがとうございました。
先生の益々のご発展とご活躍をお祈りしております。
 
 
Kより

 

 
 
臨死体験により得られる最も貴重な情報というものは死後も存在(生)が継続するということでしょう。
 
私達の社会の中では死は恐れの最たるものとして位置づけられており、その恐れを回避するために、生きていく上で多くの苦労をすることになります。
 
臨死体験者が語ることで共通なのは「死ぬことは簡単である」ということです。
自然に死を迎える場合は、病気などにより肉体の苦痛が増すにつれ意識が遠のいて肉体を離れていきますから想像するより苦しくはないようです。
それでも無理矢理に延命治療の名の下、体力もないのに身体を切ったり、入れたり、管を差し込まれたり色々されれば苦しみが続いてしまいますが・・・本来死はそれ程苦しいものではないようです。
 
また気功治療を受けることで最期の苦しみもより緩和されることは私も術者として幾度か経験しています。
 
また、Kさんが「あの世(体を失った後)へは愛と知恵だけお土産にできる」と語るように私達の本質は愛のエネルギーであり、人間として人生で身につけた知恵(叡智というべきでしょうか)だけは肉体を離れても、あの世へ持ち越すことができるのです。
 
そのことを知ると価値観が一変し、人生そのものが変わります。
 
大半の人が生を存続させるために時間を消費していくのに対し、愛のエネルギーを高めていくためにいかに他者に貢献できるかというところに人生の比重がシフトします。
 
「生を存続させる」生き方とは、飽く事無く金を稼がなければならないという強迫観念、または金を消費することの恐れ、金を稼いで有名になることが成功であるという社会的価値観の中で自らを価値のないものと過少評価する、人を自分の思うようにコントロールしないと自分に不利益が生じるという恐れ・・・など、心のベクトルが自己(肉体)の存続に向いているために人生が恐れに彩られていることを言います。
 
現代社会は恐れに彩られていますので、マスコミや教育、医療、政治、法律、商業など動機が恐れにあることが非常に多いのも無理もないことなのですが。
 
一方、私達は愛を高めていく存在であることが分かり始めると、他者に対して何ができるかということに意識が向き、自分の時間やお金や労力・能力を他者に惜しみなく与えていけるようになります。
 
その行為は一見損をしているようですが、その行為というもの自体、本来はエネルギーですので、他者に与えたエネルギーは巡り巡って自分に戻ってきて結果的に前より豊かになります。(豊かになるのは動機ではなく結果である。)
 
意識も恐れという感情が少なくなり、その対極である愛というポジティブなパワーに占められるようになり、穏やかで平和な人生になっていきます。

臨死体験者はその経験から得た英知によって人を導くメッセンジャーとしてのお役目を与えられているのだと私は確信しています。
 
人にはそれぞれ「お役目」というものがあると思いますが、意識の置きどころが自己の生存という低い意識にある状態ではなかなかそれはわからないと思います。
 
現在の自分ができることで他者に貢献・奉仕できることが何だろうかと考え行動に移すところから意識のシフトが始まります。
 
私には何も能力も資格もないからできることがない・・・と無価値に考えていてはそのような現実が表れてきます。
一夜にして何事も成るとは言いませんが、まずは思うこと、信念を形成することから始まります。
この世の現実とは私達が思うことが現実になって表れてくるものだからです。
 
というより、より適切な表現をすれば、私達人間は数多くの民衆の内の一人なのではなく、この現実を形成している主人公である、私達の意識そのものが現実であることに気付かねばなりません。
 
その意味で私達は本来意識というものであり、現実とはそれが作り出す仮想現実=マトリックスなのです
脳は仮想現実のコードを解釈し、現実という鋳型にしていきます。
このことに気付くことは地動説から天動説への回帰なのです。
 
「マトリックス」というウォシャウスキー兄弟監督の映画がありました。
私はウォシャウスキー兄弟が監督した「マトリックス」や「Vフォー・ヴェンデッタ」からみて彼らの意識が相当に覚醒しているとみています。
 
映画「マトリックス」は見る人の意識の覚醒度によって解釈がまるで異なる映画で、CGが凄いアクション映画とみるか、現実というものの見方を180度転換させる劇薬のような映画とみるか、大きく分かれるところです。
 
例えば、主人公のネオやモーフィアス、トリニティといったザイオンのメンバーがマトリックス(コンピュータの作った仮想現実の世界)に侵入するときに、後頭部のぼんのくぼにプラグを差し込みますが、Kさんが言う「魂のみはピュアなものけれども体と合体する事で邪心が入る」とはまさに映画のこのシーンに象徴されています。
 
つまり、私たちの本質である魂が3次元にある肉体に入るとき、同時に地球上の3次元にある人間の集合意識というエネルギーフィールドに接続する(=プラグを差し込む)ことになります。
現代の人間の集合意識は意識のレベルが低くほとんどがネガティブなものであるため、Kさんはこれを「邪心が入る」と感じたのです。
 
この例以外にも映画「マトリックス」は意識と現実の関係性を表す多くの象徴によって成り立っています。
 
紙面が長くなりました。
マトリックスについてはまた稿を改めたいと思います。
 
【2009年10月2日】

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