久しぶりの更新となってしまいました。
1月25日なのに、2009年最初の更新です・・・楽しみにしてくれていた方、どうもすみませんでした。
お客様からもよく「あれはどうなったんだ」とか「楽しみにしているのに・・・」というお声をいただいていましたが、何分多忙で気持ちがこちらまで回らなくなってしまっていました。
今日、こうして再びキーボードに向かえるというのは少し気持ちのゆとりが出てきたからでしょうか。
2009年の流儀として、今年はこうしていきたいというものを簡単にまとめてみます。
私は自分の生活・環境において起こる諸々の現象を自分にとって必要・必然的なものという観点から「何故それが自分に今起こっているのだろうか」、とか「この現象の意味は何だろう」と常に考えるようにしています。
その姿勢はぶれないで継続していくつもりなのですが、自分に起こることがすべて必要で必然であるという姿勢はともすると人生に対して受け身的なポジションに位置するように流れてしまう傾向があるように自身思えてきました。
人生を能動的にクリエイトしていくために、まずは「力強く」というのをキーワードに人生を自分の意志である程度コントロールしていきたいと考えています。
また、とかく邪霊の影響・干渉を人は受けがちですが私自身も人間ですから例外ではありません。
気持ちで負けないようにするためにも「力強く」心をポジティブに持つことでネガティブなものを寄せ付けないようにしたいと思っています。
二つ目は時間に対しての考え方です。
今年は時間に追われていきるのではなく、気持ちをのんびりさせてゆとりを持つことで時間の流れをゆっくりと流れるようにさせたいと考えています。
昨年は大変忙しい一年を過ごしてきました。
毎日同じ時間に起きて、ほぼ同じ時間に同じ事を繰り返し継続してきました。
自分自身で決めたやらなければならないことが多くてスケジュールは分刻み状態で、いつも時間に追われているような生活でした。
往復の通勤でも私は歩くペースが他の人よりかなり速いのでいつも「よくこんなにのんびりと歩いていられるものだ、おかしいんじゃないの?」と他の歩行者に半ばあきれつつ、セカセカと歩いていたのです。(おかしいのがどちらかは明白!)
時間は時の流れを計るもので世界共通の暦を使って私達は生きています。
しかし、その時の流れを生きている私達が同じ感覚で時間の流れを捉えているかというとそういうものでもないと思います。
時間は3次元にのみ存在するいわばエネルギー的なもののようです。
エネルギーであるということは、つまり時間は人の想念によって流れの速さが異なっているのです。
「時間に支配されるのはいやだ」と思い、左腕から腕時計を外したのは10年以上前のことになりますが、それでも心の中がセカセカと落ち着きがなく、「あれをした後は、次はこれをしなければ」と山積されたやらなければならないことを所定の時間内で消化していく、いわば時間にコントロールされた人生をいまだに送っています。
この状態では「やらなければならないこと」が尽きることは寿命が尽きるまで訪れることはなく、一生を時間に支配されつつ生きていかなければなりません。
やることがまだあるから心にゆとりをもてることはなく、どこか不安にさいなまれている状態・・・それが今の私ですが、もっとも私だけではなく多くの人が同じ状態だと思います。
車が速度を上げれば上げるほど前方に見える視界が狭くなっていくように、時間に追われれば追われるほど人生の視野・心のゆとりは狭くなっていきます。
「あと20分しかないその中でこれを終わらせよう」という時間に支配される生活ではなく、自分のペースで物事を行ってもまだ時間が15分しか過ぎていないというような時間に支配されない、時間の流れをコントロールする生活、これを目指してやってみたいのです。
かつて私が気功の修行をしていたとき、先生から次のようなメニューを与えられました。
「(照明を消した暗い部屋の中で)椅子に座って目を閉じて4時10分になったと思ったら眼を開けなさい。」というもので、4時10分までは5~6分あったと覚えています。
暗室で目を閉じて瞑想状態に入りました・・・心の中は無の状態・・・何もない中で「今だ!」と急に思えて眼を開けたとき時間は4時10分、しかも秒針が12をちょうど通過するところでした。
先生は「スゴイ!できたじゃないか!」と一発OKをくれました。
果たしてこれは偶然直観が働いて4時10分を当てることができたのか・・・、それとも私の想念が4時10分という現実を作り出していたのか・・・、今の私は後者の方だと考えます。
時間をコントロールしていくというのはこういうことなのでしょう。
【2009年1月25日】