カルマ

 

 
 
 
 
 

カルマの法則

 

 

現代の世の中は資本主義経済で、大半の人は拝金主義、物質主義の考えに染まっています。
そうなると常に目に見えることのみ信じるようになって目に見えないものは信じないという考えになります。
常にお金の心配をしており、お金も本質的にはエネルギーであって、循環しているということを知りませんのでなくなる不安がつきまとって頭から離れません。
 
日本には昔から徳、または因縁という考えがあります。
これはカルマという言葉と同義なのですが、カルマとは自分がした行為(思うことも含む)は自分(もしくは子孫)に帰ってくるというもので、エネルギーのバランスをとる働きです。宇宙はこの法則に支配されています。
 
人に親切にする、困っている人を助ける、人に施しをするなどの行為は徳を積む行為であって、それはエネルギーとして天に貯金されます。
やがて自分が困ったりした場面で、また別の人から同じように助けられたり親切にされたりするのです。
 
諺にも「情けは人のためならず」というものがあります。
これはよく「人に情けをかけることは結局は人のためにならない」という意味として間違えて捉えられていますが、本当の意味は「情けを人にかけることは巡り巡って自分に帰ってくるものであるから、誰にでも親切に接するように」という意味で、カルマの法則のことを表しています。
 
一方、人を恨んだり憎んだり、意地悪をしたり、傷つけたり、裏切ったり・・・という様な行為をすれば、それもやがて自分が同じ目に合います。
厳密に同じ目に合うということではなく、形は違っても相手が受けた精神的なダメージを同じように、もしくはそれ以上に体験するということです。
考えようによってはペナルティですが、より高所より俯瞰(ふかん)すればそれは学びの課程であるのです。
同じ目にあって相手の痛みを我が身で知るということです。
 
世の中の多くの人は、人に何かを施しをしたり、お金をあげたり寄付するということを何か大切なものがなくなっていくと捉えますので、不安や心配にかられるのです。
人に親切にした行為はやがて自分や子孫がそれを受け取るということを知っていれば、何も不安になることはなく、どんどん人が喜ぶよう親切にしてあげたらよいのです。
 
特に努力もしていないのに、あの人は運があってどんどん出世していく、またはあの人は何をやってもうまくいく、生まれた時からお金持ちで金銭の苦労はしたことがないというのは、これは自分自身が前世までで貯蓄した徳を受けているのか、ご先祖様が積んだ徳を受けているのかどちらかです。
 
一方、何をしてもダメ、思うことうまくいかず、いつも病気に悩まされているなどというのはその反対で、カルマの清算を受けているのです。
 
カルマの法則を知っているかどうかで生き方は大きく変わりますし、うまく活用すれば安心立命の境地でいられます。
人にしたことは自分や子孫に帰ってくることを知るとどれ程生きるのが楽でしょうか。
 
徳を積むという点では、神に対して行った行為や見返りを求めない行為は何倍にもなって帰ってくるそうです。
インド人は特にこういう考えが文化として根付いており、給料の1カ月分とか大きな金額を惜しみもなく神に寄付します。
寄付というより、喜捨(喜んで捨てる)という言葉の方が適切でしょう。
では、神がお金を欲しがっているのかというとそういう訳ではなく、ちょっと自分が苦しい位のお金を感謝の思いで差し上げるその気持ち(エネルギー)を受け取ってくれるのであって、紙幣そのものを望まれているのではありません。
 
タイでは一族の誰か一人を僧にして神仏に仕えさせることで一族の繁栄を願うのだそうです。
その出家する者のために一族郎党があらゆる支援をすると聞きます。
それが家の徳を積み、それが一族の繁栄につながることになるからそうするのです。
 
そういうことが分かる日本人は少ないように思います。
女性の方がそういった感覚が分かるようですが、多くの日本人は目先のことばかりを考えていて極めて視野が狭いと感じます。
戦後の米国による占領で、日本人が大切にしてきた精神も意図的に骨抜きにされてしまったとつくづく感じます。
その結果が、荒廃している今の社会の有り様ではないでしょうか。
 
例えば、人を憎めば、それはやがて自分自身が人から憎まれたり、または自分が発した憎悪のエネルギーが自分に帰ってきて病気という形で発現することと思います。
または、自分の子供が人から理由もなく憎まれたりいじめや嫌がらせを受けたりというような形で時間をおいて出てくるかもしれません。
自分がした行為のつけを愛するわが子や子孫が払うことで、自分がした行為の重みをわが身の痛みとして知るのです。
例え暴力を振るわなくても憎しみという憎悪のエネルギーは残りますので、それの代償を受け取り清算することになります。
 
カルマは絶対の法則なので、逃れることはできません。
しかし、大難を小難にするというようなことはできるのです。
病気の多くもカルマが原因していますので、気功治療(ヒーリング)をすることによって病気で苦しむ期間を大幅に短縮することができるのです。
気功治療(ヒーリング)で邪気を燃してしまうのはカルマを燃やしているということでもあります。
 
今の世の中は不安神経症の人がとても多いです。
「私は常に不安が一杯である、心配事が絶えない」と思っているのであれば、あえて損の道を進むのもよいと思います。
損の道とは、自分が誰かにお金をあげたり、または自分の時間や労力を使うことです。
一見、損をしているようですが、実はそれは徳を積む行為ですので、近い内に自分に良い形となって帰ってくることでしょう。
そうなれば、嬉しく心が満たされ幸せを感じます。
不安心配から負の連鎖が起こっていたのが断ち切られ、愛と感謝の好循環に変わります。
何事も有限だと思うから不安や心配になるのであって、無限のエネルギーが循環していると考えると不安も解消されると思います。

カルマの法則
 

世の中は常にエネルギーが循環しており、道教ではそれを陰陽を用いて説明します。
出し惜しみをしていては流れが澱む(よどむ)のです。
人体で気が澱めば病気になります。
流れは清流の様に綺麗に流してあげれば良いのです。
知識や技能という点でも同じで、とかくこういったものは秘密主義にしがちですが、そう囲い込まずに人の役に立つように情報をオープンに提供していれば、より有益で貴重な情報をまた得ることができるようになります。
 
人に何か親切などの尊い行為をしてあげて感謝をされるというのが一番の生き方だと私は思います。
これ以上に楽しく嬉しいことは他の娯楽全般を見渡してもありません。
人間は他の人の役に立つためにこの世に生を受けているものと思います。
 
このコラムを読んでカルマの法則を智り、損を地で行く生き方に変わる人が一人でも出てくれば、その人だけではなく子孫末代まで病気厄難に悩むこと少なく繁栄につながるものと信じます。
 
【2011年2月6日】
 
 

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