気功治療・遠隔治療の専門院 外気功療法さいたま院、埼玉県

 

 
 
 
 
 

怒りや恨みを抑えられず苦しんでいる人への処方箋

 
感情のエネルギーが肉体を蝕んでいくことは折にふれこのサイトで書いていることですが、事他人に対する怒りや恨みの感情は「怒りに飲み込まれないように・・・」と意識していてもコントロールすることは難しいものです。
常に相手に対する怒りが頭にこびりついて抜けない、怒りが沸々と湧いてくる、いつもイライラしてしまう・・・という人も多いのではないでしょうか。
自分には非がないのに・・・という場合は尚のこと相手を責める気持ちが強くなることと思います。
(しかし、このような場合でもそのような相手を引き寄せた原因は自分にあるのが実情です。因果が読めていないだけです。)
 
私は元来短気でよくイライラしている性格でしたが、ここ1年位大分怒りの感情に捉われることがなくなってきましたので、ご参考になればと思い書き記していきます。
 
怒りや恨みを手放す方法としては3つのことを考えてみてください。
1つにはカルマ(業)の法則を理解すること。
2つ目は神の力を信じること。
3つ目は「貴方が怒っている相手は本当は誰?」ということ。
この3点を理解すると自分自身で相手を復讐しようという気持ちがかなりなくなり、気持ちが穏やかになっていきます。
 

①カルマの法則について

 
世の中の法則として「業」「カルマ」というものがあります。
これは自分のした行為の結果は自分に帰ってくる、自分が撒いた種は自分で刈り取るというものです。
カルマは厳然として存在するものでありますが、ただそれがいつ自分に跳ね返ってくるかということになると来月か、来年か10年後か、はたまた来世か・・・ということになり、要は時期未定ということになっています。
 
しかし、近年は世界の波動が変わってきておりカルマの解消が早期に実現されると言われていますし、私もそのように実感しています。
例えば自分が他人に対して与える行為をすれば、近い内に自分が与えられる立場が訪れます。
一方、他人を貶めたり、傷つけたりすれば同じような立場に自分に訪れます。
特に人を苦しめた場合は人生のバイオリズムの好調期ではなく、低調期、または低調期に向かう下り坂にカルマは帰ってきます。
好調期はエネルギーに満ち溢れている状態で、そのような時はカルマの影響は受けにくいのですが、自分が弱っているときにカルマは帰ってくる傾向があるようです。
 
人間は輪廻転生を繰り返す中で色々な人生を経験し魂を成長させていきますが、関わる人達は幾世にも渡って関係を持ち続けるようです。
その中でお互いに様々な立場・役割を経験し、人を傷つけることを学んだり、人から傷つけられることを学んだりし魂の経験を深めていきます。
自分を不当に傷つける人が現われたら、その人はスピリチュアル(霊的)なレベルではそのような役割を今生で演じているだけであり、傷つけられる経験からその痛みを学習するのです。
人から傷つけられる経験をし、その辛さを心に刻んだ人は人を傷つけることがどのような痛みを伴うか分かっているためそれができなくなります。
その渦中にいる時はなかなかそのように達観することは難しいのですが、しばらく時間が経って振り返ってみる余裕が出てきたときに、「ああ、そうだったんだなぁ」と分かるものです。
そうは言っても、カルマの法則は働きますから人を傷つけた行為をした人は次回には別の誰かから傷つけられる立場になるのです。
 
私も今振り返るとかつて人を傷つけてしまったことが同じようにして自分に跳ね返ってきたと思われることがあります。
今はできるだけ傷つける、傷つけられるという境地に自分を置かないよう心掛けています。
 

②神の力を信じる

 
これは天罰ともいえます。
カルマの法則に近い考えですが、カルマの法則よりもっと強力で人を苦しめたことが何倍にもなって返ってくるというものです。
 
これを理解するには青山圭秀氏の「祈りの言葉」にある話をご紹介します。
 
昭和24年8月6日深夜、弘前市で一人の女性が殺された。2週間後、25才の青年・那須隆が逮捕されたが、自白のないまま事件は裁判に突入し、一審で無罪が言い渡された。ところが、二審は一転して有罪、さらに最高裁で懲役15年が確定した。
この間、那須氏の母親は日に数時間、経を唱え、息子の冤罪が晴らされることを祈り続けた。毎日水ごりを取り、冬の朝には、氷の張った水を体に浴びた。
「祈りは、言葉には出さなかったけれども、時に涙が頬を伝わっていました。」
当時、その姿を間近に見ていたお孫さんが、訥々と語ってくれた言葉である。彼女はしばしば祖母の祈りに同席したが、終いにはいつも、足が痺れて立てなくなったという。
14年後、那須氏は刑期を終えて出所した。一家に束の間の安らぎが戻ったかに見えたが、転機はその後、やって来た。昭和46年、真犯人が名乗り出たのである。
再審が請求された。が、かつて必死で証拠を捏造した警察や検察、嘘の証言をした人、させられた人の多くは、二度と証言台に上らなかった。台風で沈没した青函連絡船・洞爺丸に乗り合わせるなど、何人もの人が奇妙な病気や事故で死んでいったのである。
最終的に無罪が確定した時、那須氏は既に50才を超えていた。
賠償はなかった。しかし、この時、祖父が祖母に震える声で漏らした言葉を、孫は聞いた。
「おまえの信仰には頭が下がる。神仏とは、本当にあるものだ・・・」
 
 
青山氏の書を読むと彼自身の精神的な奥深さが感じられ、自分の心に静かな空間ができていくのがわかりますのでお勧めします。
上記の例のように人を不当に苦しめたり貶めたりすればそれが何倍にもなって自分に跳ね返ってくることが分かるでしょう。
この法則を知れば人を傷つけることもなくなりますし、また人から苦しみを与えられたときも「この人かわいそうに」どこか達観できるようになり、自分の怒りで自分を更に傷つけることもしなくなります。
 
世の中には見えない力や見えない因果が無数の蜘蛛の巣のように張りめぐらされています。
それがわからないと何でも自分自身の力で事を達成していると思いあがり、自分さえ良ければいいのだという利己的な思考が強くなります。
因果には自分がしたことが自分に帰ってくるもの、さらに自分の家族や子供、または子孫に帰ってくるものとあり奥深い関係があるのです。
これらの因果の果として病気が現われて来る時は、その病気を治癒させることは難儀なことになってきます。(方法はありますが。)
 

③「貴方が怒っている相手は本当は誰?」

 
これもよくあることで、自分に害を加えようとしている人、または傷つけようとしている人が実は霊的な影響を受けており、自分で感情をコントロールできなくなっているということがあります。
 
実際に目の前に見える相手は例えばAさんだとしても、本当にAさんがそうしているのかどうかというと実際のところ「?」のことがあるのです。
Aさんが低級霊の影響と受けていたり、憑依されていたり、またはきつねなどの自然霊がとり憑いていたり様々なケースがあると思います。
Aさんが自分に対して何か暴言を吐いてきたという場合、暴言を吐いたのは確かにAさんですが、それをコントロールしているのはAさんに憑いている霊ということがあります。
 
それをどう見分けていくか、なかなか霊能がなければ難しいですが直観で判断します。
「どこかいつものAさんと違う」「人が違っているようだ」と思える場合、またはAさんの目を見ていつもの目と明らかに違う場合、常軌を逸していると感じられる場合、これらの時は霊の影響を疑ってみた方がよいかもしれません。
 
相手が霊にコントロールされていると思えれば怒りや被害がゼロにはならないとしても、自分の心は幾らかは軽くなり冷静に対処できるのではないかと思います。
もっとも、霊は同じ波動の人にとり憑きますから憑かれる側の責任も幾らかはあると思いますけれど。
 
誰しもにあることですが、自分が考えている、または自分の感情だと思っているものがそうではない場合があるのです。
脳は異次元にある意識とつなぐ受信機・交信機です。
自分の意識としっかりつながっていれば問題ないのですが、そこに他の意識体が介入してくると「自分」というものが半分か幾らかなくなってしまいます。
目に見えるこの世界が世界の全てではありません、次元の異なる世界が幾つも存在するのです。
そのようなことも知っておいた方が良いと思います。
 
 
私が普段活用しているのはこれらの方法ですが、特にカルマの法則は知っているといないでは怒りの感情のコントロールに大きな違いが出ると思います。
私もかつて色々と人間関係で苦しんだ時期がありましたが、しばらくして振り返るとその相手には相応のものが帰っていたようです。
それを具体的に書くとそら恐ろしくなってしまいますので割愛しますけれど・・・
 
怒りの感情は特に身体に良くありません。
炎症、アレルギー、がんなど様々な病気のトリガー(引き金)になります。
健康で豊かな人生を謳歌するためのポイントは怒りや恨みを手放すことです。
怒るより穏やかな気持ちで毎日を過ごしましょう。

 

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