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「あなたを癒す[心の治療家]に出会う本」に掲載されました。 「この悩みにこのヒーラー・占い師・気功師72人」に掲載されました。 護摩行の炎(院主の修行場)まるで龍の様に見えます。 『TRINITY No.25』に掲載されました。 |
超越のヒーラー列伝1
長南年恵(1863~1907)古今東西、常識では測りえない超人的な人物はいますが、明治にいた長南年恵ほど不思議な人はいません。
それなのに、日本人にはほとんど知名度がないのも不思議です。
長南年恵は神が憑いていた人物で様々な超常的物理現象を起こしました。
特に神水という水を何もないところから現出させ、これが万病に効くと非常に評判になっていました。
長南年恵は1863年に山形県鶴岡市に生まれました。
幼少の頃は極めて寡黙な娘で、また馬鹿みたいに無欲で人がほしがるものは何でもあげてしまう娘でした。
実は無欲というのは卓越したヒーラー、霊能者に共通する資質であります。
私の知っている気功師・ヒーラーでも能力が絶大な人はどこか「馬鹿」っぽいところがあり(すみません・・・)、だからこそ背後の神や霊に愛されるのだと思います。
物理現象を越えることをしているわけですから、物質に執着がありすぎるのは適性ではないのです。
さて、長南年恵の肉体的な特徴を列挙してみますと・・・
・ 30才以降44才で没するまで強要されたケースを除いてほとんど食べることはなかった。しかし、それでいて体力は常人以上であって、屈強の男と腕相撲をしても負けることはなかった。
・ 一度煮た水は飲まなかった。弟が飲めないのではなく、飲もうとしないのだろうと考え姉の年恵に湯冷ましを「生水だ」と偽って飲ませると、その度に苦しみ吐血をした。
・ 飲食もしなければ排泄もなかった。
・ 35才の段階で「まるで13、4才の小娘そっくり」という証言記録がある。食べずとも老けることなく透き通る肌の若々しい肉体を保っていた。
・ 44才で没するまで一度も生理が来なかった。
神懸かりになると不思議な物理現象が起き、まわりの人を震撼させていました。
神が憑依すると態度も声もまったく別人になっていました。
・ 何もないのに家鳴りや振動がした。
・ アポーツ(物質移動)が起き、何もないところから物質が現れていた。これは神様からの贈り物ということだった。
・ 空の瓶に水をどこからともなく引き寄せ、これが万病に効くと有名になり、日本全国から人が押し寄せることになった。
・ 政治的預言が正確に的中した。
・ 無学であるにも関わらず入神状態になると衆人の前で格調高い漢詩の書画を書いた。
・ 手をかざすと火もないのにお湯が沸いた。
・ 空瓶に手をかざすと甘酒が出て来た。
・ 神様が現れると天から笛や太鼓・鈴などの雅楽演奏が聞こえてきた。それは周囲の人が何百人も同時に聞いていたこともあった。
神様の音楽について長南と親しかった友人小竹繁井さんはこう語っています。
「神様からの音楽は最初遠方に聞こえますが段々接近し、しまいには年恵さんの部屋の内部に聞こえます。部屋へは他人の出入りを禁じてあるのでどんな風にやっているものかは誰にもわかりません。」
また、長南年恵は万病に効く神水を現出させることで有名です。
長南の家には口コミで神女がいると連日大勢の人が押しかけて来ましたが、玄関に入ってくる段階でその人の病気が分かりました。
人は空瓶を持ってくるのですが、長南は空瓶を神棚に供えます。(栓はしたままの状態)
長南が10分程神様に祈ると瓶が神水で一杯になります。
それは病気の種類によって様々な色があったということです。
さらに凄いのはその効力でどんな病気も治ったということです。
しかし、神から不治とされた者(カルマによる病気)やテストをしてやろうというよこしまな気持ちで来たものの瓶には神水は入りませんでした。
こうした長南年恵の能力は世間に広く知れるところとなり、官憲に目を付けられ愚民を惑わす詐欺師として逮捕をされ明治28年から60日間監獄に入れられることになりました。
ところが、監獄内でも飲まず食わず、両便もない。
夏なので蚊に悩まされるだろうと獄吏が蚊帳を貸そうとしても「不要」と断り、それでもまったく蚊に刺されることもない。
しかも監獄内でも神が来たときに奏でられる音楽が度々鳴り響いていました。
結局、証拠不十分として釈放されたのですが、官憲の監視は更に厳しくなり明治33年に再逮捕されます。
そして大阪区裁判所で拘留10日間の判決を受けたのですが、元より罪があるわけでもなく、弟の雄吉氏が控訴し、神戸地方裁判所で再審となりました。
この時、審議を重ねても埒があかず中野岩栄裁判長が空瓶を長南に渡し、「神水を入れてみよ」と命令しました。
長南は着衣を全て取られた上個室に移されましたが、その個室にて神水を現出させ裁判長に提出しました。
そのテストによって無罪を得、長南は解放されたのでした。
明治から昭和初期にかけて日本では霊術が興隆をみせていましたが、政府はこれを迷信とし撲滅させようとやっきになっていました。(今の気功も当時の霊術の範疇に入ります。)
文明開化によって西洋文明が日本に入り込み、古来からあった霊術や東洋の古典医学はほとんど壊滅状態になりました。
現代でも学校教育はそうした流れを受けついてますので、今でもこうしたものを「あやしい」として鼻から考えることを拒否する人は多くいます。
長南もまさにそんな風潮の被害者であったわけです。
しかし、長南の場合は多くの記録や書画、裁判記録などが残っておりその能力は疑いようのないところです。
やがて長南は神様から「近いうちに連れて行く」というお告げを受け、2ヶ月後に静かに他界しました。
参考文献:
【2010年6月25日】
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